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III. 社会・経済

清代の社会は、明代と同じく、官僚、地主、富商が支配層を構成した。経済の発展にともなって、農村における貧富の差が大きくなり、多くの農民が土地を失って佃戸、すなわち小作人となったが、それらの土地は官僚や地主のもとにあつまっていった。農村の生活がくるしくなるのに対し、さまざまな産業の発展が土台となって、都市は支配者層や商工業者を中心ににぎわった。

以前は穀倉地帯だった江浙地方では、綿花など手工業の原料となる作物の生産がふえ、かわって湖広地方が米作の中心となった。また工業では、上海付近で明代以来盛んになった綿布生産のほか、景徳鎮の陶磁器生産には数十万もの職人が分業生産にたずさわった。このような生産力の発展は商業を盛んにし、山西商人、新安商人らが活躍した。しかし19世紀後半には、欧米列強の進出によって国内産業はおとろえ、半植民地化がすすんだ。