| 検索ビュー | 曽我蕭白 | 項目ビュー |
1730~81 江戸中期の画家。名は暉雄(てるお)。蛇足軒などの別号がある。京都の商家に生まれ、高田敬輔に師事したのち、曽我派や雲谷派の画法もまなんだ。2度にわたって伊勢(三重県)に滞在したほか、播州(兵庫県)にもおもむいて多くの作品と逸話をのこした。形態、色彩、主題解釈などに奇抜な趣向を盛りこんで評判をよんだが、その発想法に「奇」や「狂」の精神をとうとぶ、明末の陽明学左派の影響を指摘する説もある。
代表作に1764年(明和元)の「群仙図屏風(びょうぶ)」や、菩提(ぼだい)寺である興聖寺のためにえがいた「寒山拾得図」、「商山四皓図屏風」などがある。