| 太平洋戦争 | 項目ビュー | ||||
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| III. | 開戦と戦局の推移 |
1941年12月8日(ハワイ時間で7日)、日本はイギリス領マラヤのコタバル(マレー半島北東岸)への上陸を開始、さらにハワイの真珠湾にあるアメリカ軍基地を奇襲攻撃し、事実上の戦闘状態にはいった。真珠湾攻撃では、日本の奇襲部隊が戦艦4隻を撃沈したほか航空機231機を破壊するなどアメリカに大損害をあたえたが、日本のアメリカへの宣戦通告が奇襲後となったため逆にアメリカの士気は高まり、「リメンバー・パールハーバー(真珠湾をわすれるな)」が合言葉となった。同日、アメリカとイギリスが対日宣戦を、11日にドイツとイタリアが対米宣戦を布告し、世界戦争へと発展した。
ついで日本軍はマレー沖海戦でイギリス東洋艦隊の主力を全滅させ、先制攻撃による勝利をえた。開戦後ほぼ半年のうちに、日本は香港・マレー半島・シンガポール・フィリピン・オランダ領東インド(蘭印:現インドネシア)・ビルマ(現ミャンマー)など西太平洋および東南アジアのほとんどの地域を占領、緒戦は日本優位のうちにすすんだ。
しかし、1942年6月のミッドウェー海戦で日本が敗北し、制海・制空権をうしなったことを契機に戦局は逆転。同年後半からアメリカ軍を中心とする連合国軍が本格的な反攻を開始し、翌年以降、日本軍はガダルカナル島・アッツ島からの撤退をはじめとして、次々と後退を重ねた。