| III.
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菅原道真 |
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怨霊 |
903年(延喜3)に左遷先の大宰府で没した菅原道真(敬称で菅公とよぶ)も、その直後に怨霊となって、政敵を落雷で殺し、疫病・干魃(かんばつ)をおこしたと考えられ、それまでの天神・雷神のイメージと重ねあわされて、大宰府や京都の北野にまつられた。
「天満天神」「天満大自在天神」「大威徳天神」「火雷天神」などの神名は、いずれも仏教によって、道真の霊威をおそれてつけられたものである。
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農耕信仰 |
その反面、天神は冤罪(えんざい)になげく弱者をたすける慈悲深い神ともされて、本地垂迹説(→ 神仏習合)では、十一面観音(→ 観音)が本地とされた。また、天神・雷神は、雨ごいや豊作祈願の対象でもあったので、農村の農耕信仰とも習合して展開することになる。
| 3.
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学問・芸道の神 |
道真は、生前の人柄から、正直や孝行をよろこぶ神とも考えられ、それが発展して、起請(きしょう)の神ともされた。また、一流の学者であったことから、学問や芸道の神としても崇拝された。室町時代からは、和歌の神・書道の神という信仰も盛んになり、北野天満宮では、神前での連歌(れんが)の会合がもよおされた。
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