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| III. | 古代の風呂 |
古代の入浴施設は、世界各地で発掘されている。たとえば、前2000年以前のモヘンジョ・ダロ遺跡、前1700~前1400年ごろのクレタ島のクノッソス宮殿、前1350年ごろに建設されたエジプトの王都アケトアテン(現テル・エルアマルナ:→ アマルナ文書)などである。クノッソス宮殿のものは浴槽に湯をためて沐浴する湯風呂で、今日の西洋式のバス・タブとまったくかわらない。
| 1. | 古代ギリシャ |
古代ギリシャの壺絵(つぼえ)には初期のシャワーをみることができ、ホメロスの「イーリアス」には桶(おけ)での入浴の記述がある。
ギリシャの公衆浴場は、演武場(ギュムナシオン)の付属施設としてはじまり、冷水しかつかわれなかった。しかし、前5世紀末ごろには、都市国家(ポリス)が運営する独立した浴場となり、蒸し風呂、熱い風呂、ぬるめの風呂、冷たい風呂などをそなえて、男性女性を問わず社交の場として利用される。
ギリシャの風呂は、のちのローマの風呂と同様に、体の運動をし、オイルをぬり、温度のちがう湯に順につかり、オイルと汗をぬぐいとり、ふたたびオイルをぬる、といった内容であった。
| 2. | 古代ローマ |
現在知られているローマ最古の風呂は、前2世紀につくられたポンペイのスタビアーネの浴場である。その構造は、ローマ帝国のほかの地域で発見された公衆浴場と共通で、運動場である中庭を中心として、周囲に更衣室(アポディテリウム)、熱い風呂(アルウェウス)と蒸し風呂(ラコニクム)をもつ暑い部屋(カリダリウム)、あたたかい風呂(テピダリウム)、冷たい風呂(フリギダリウム)が配置されている。また、女性用として同じ施設がもう一組、やや小ぶりにつくられていた。床はモザイクタイル張り、床と壁にうめこんだ管の中を熱い空気がながれて、部屋をあたためる仕組みで、水は遠くの水源から水道橋をとおしてひかれた。
1~4世紀にかけて、ローマには皇帝の手で5カ所に公衆浴場がつくられた。うち、ティトス、カラカラ、ディオクレティアヌスの3つの浴場が、広大な遺跡となってのこっている。これらの遺跡をみると、ポンペイの浴場にみられる諸設備にくわえて、売店、レクチャーホール、トレーニング設備、庭園、図書館などがあったことがわかる。
こうした公衆浴場は、社交生活の中心であり、また、休養、きばらし、娯楽の場であった。遺跡からは多くの美術作品が発見されている。女性の入浴には、1日のうちで男女の使用時間をわけたり、女性用に別個の施設がもうけられたりした。しかし、ローマ帝国末期に混浴がおこなわれるようになると、風紀がみだれ、悪評をよんだ。