法隆寺
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法隆寺
III. 文化財

所蔵品のうち、国宝、重要文化財指定は数百点にのぼる。

1. 建築

金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とする東院伽藍に大別される。西院伽藍の中心となる金堂、五重塔、中門、回廊は寺内最古の建造物群で、とりわけ金堂の創建期は7世紀中ごろから後半にさかのぼると考えられ、世界最古の木造建築として広く世に知られる。西院ではそのほかに、西室(にしむろ)および三経院、東室、聖霊院、食堂(じきどう)、綱封蔵(こうふうぞう)、鐘楼、経蔵、南大門、西円堂、大講堂など、奈良時代から室町時代にかけての建造物が多数のこっている。

東院伽藍は聖徳太子の斑鳩宮跡に造営されたとつたえられる。その中心に位置する夢殿は739年(天平11)ごろに創建された八角円堂で、聖徳太子追慕のために建立された可能性が高い。同じく東院の伝法堂は奈良時代の遺構では唯一の住宅風建築として貴重である。

2. 彫刻

飛鳥時代にさかのぼる名品が多い。金堂の鞍作止利作・釈迦(しゃか)三尊像は623年(推古31)に造立され、像容は中国北魏の様式にのっとっている。金堂にはほかにも、607年銘の薬師如来座像、四天王像があるが、薬師如来像に関しては銘文の年代と技法の遊離が指摘されている。また百済観音の名で知られる観音菩薩立像や救世観音(ぐぜかんのん)の異名をもつ夢殿の観音菩薩立像も著名である。

白鳳時代(はくほうじだい)の遺品には光明皇后の母、橘三千代(たちばなのみちよ)の念持仏(ねんじぶつ)とつたえられる阿弥陀三尊像や、夢違観音の名で有名な観音菩薩立像がある。奈良時代の遺品では五重塔初重の四面にそれぞれ維摩(ゆいま)・文殊(もんじゅ)の問答、釈迦涅槃(ねはん)、分舎利、弥勒(みろく)浄土を塑像であらわした塔本四面具が第1にあげられる。その他、西円堂の薬師如来座像、伝法堂の阿弥陀三尊像、上堂の釈迦三尊像、夢殿の行信僧都座像などがある。

平安時代の遺品も多彩で、金堂の地蔵菩薩立像、毘沙門・吉祥天立像や大講堂の薬師三尊像、夢殿の道詮律師座像などがある。なお太子信仰の隆盛から、聖霊院の太子講讃像をはじめ、夢殿の太子孝養像、絵殿の太子座像、南無仏太子像などさまざまな聖徳太子像がのこる。

3. 絵画・工芸

玉虫厨子(飛鳥時代)が著名である。これは古代建築をかたどった宮殿型の厨子と台座からなり、厨子の飾りには名称の由来となった玉虫の翅がしかれていた。さらに須弥座(しゅみざ)四面には本生図(ほんじょうず:ジャータカ)および霊鷲山(りょうじゅせん)浄土図が色漆で描かれている。同じく重要な作品として金堂壁画(白鳳時代)がある。これは金堂外陣をめぐる柱間(はしらま)の大小12面の壁に描かれたもので、大壁にはそれぞれ釈迦、阿弥陀、薬師、弥勒の四仏浄土図を、小壁には8体の菩薩像をあらわしていた。西域風の暈(くま)取りがほどこされ、熟達した鉄線描で描かれた諸尊の像容は、初唐絵画の影響を濃厚につたえるものだった。残念ながらこれらの壁画は1949年(昭和24)の火災でうしなわれたが、飛天図を描いた小壁は罹災(りさい)をまぬがれている。なお、この金堂壁画焼失事件をきっかけに翌50年に文化財保護法が制定された。仏画ではほかにも、星曼荼羅図(ほしまんだらず)、法華曼荼羅図(いずれも平安時代)、孔雀明王図(くじゃくみょうおうず:鎌倉時代)などの密教画も伝来する。

そのほか工芸では、ササン朝ペルシャ風の意匠をもつ四騎獅子狩文錦(しきししがりもんにしき:唐時代)や百万陀羅尼塔(だらにとう)、多数の伎楽面(ぎがくめん)、舞楽面、法具類(いずれも奈良時代)がある。