和歌
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和歌
II. 「やまとうた」の誕生と発展

「和歌」の表記は「万葉集」にすでにみられるが、大和の国(日本)の歌という意味ではなく、「和する歌」「和(こた)ふる歌」の意味でもちいられていた。しかし、漢詩に対する「やまとうた」の意識の芽生えは、「万葉集」の中でも大伴家持の歌などにみられ、それは「古今和歌集」の序文で歌論として明確に自覚されるようになった。

和歌の調べには、意味によって句の結び付き方が5・7となる五七調と、7・5となる七五調があるが、「万葉集」に多い五七調は重厚で荘重な響きをもち、「古今和歌集」に多い七五調は軽妙で流麗な調べをもっている。

和歌は、個人の恋愛、喜び、悲しみなどさまざまな感情をあらわす詩の形だが、同時にそれには他者の共感をさそい、挨拶の役割をはたす性格をそなえているため、社会生活に密着したところでよまれ、発達していった。9世紀以降の貴族社会では、社交の手段のひとつとして盛んにもちいられ、貴族の邸宅をかざる屏風や襖にそえるための歌、同じ場で同じ題のもとに歌をよむ歌会、歌の優劣をきそう歌合などが発達した。いっぽう平安後期からは、ある題のもとで100首、50首などをひとつの単位としてよむことも盛んになった。作者は1人の場合も複数の場合もある。

現在目にすることのできる和歌の多くは、歌集の形でのこされている。個人の和歌をあつめたものを私家集、複数の作者の和歌をあつめたものを撰集という。撰集のうち、天皇や上皇の命によって編纂されたものを勅撰集といい、平安前期の「古今和歌集」以来、室町前期まで21集(二十一代集)が編纂された。そのうち「拾遺和歌集」までは三代集、鎌倉前期の「新古今和歌集」までは八代集といわれ、とくに和歌の歴史において重視された。