和歌
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和歌
IV. 和歌の美意識

鎌倉時代の歌人藤原定家は、和歌を論じた歌論書「毎月抄」で、歌は「やさしく物あはれ(もののあはれ)によむべき」であるとし、「げにいかにおそろしき物なれども、歌によみつれば、優にききなさるるたぐひぞ侍(はべ)る」とのべている。この世にあるものすべてが対象だったはずの和歌は、貴族社会ではぐくまれたこのような和歌観のもとに、しだいに優美・典雅なものにかたより、醜悪・卑俗なものをさけてよまれるようになる。その結果、本来は和歌にも誹諧歌などとしてよまれていたものは、狂歌、連歌、俳諧といったジャンルに独立していった。

近世になると詩歌の中心は連歌から派生した俳諧にうつり、和歌では国学者(国学)を中心とした歌論研究がもっぱらとなる。中期以降になると、賀茂真淵を中心とする万葉集を重んじる県居(あがたい)派と香川景樹を中心とする古今集を重んじる桂園派にわかれるが、いずれも歌論が先にたつ派閥を中心にしたものであった。