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| I. | プロローグ |
われわれの知覚空間は、むこうへとひろがる奥行き、つまり3次元性をもっている。網膜は2次元的であるのに、なぜわれわれは3次元的な空間を知覚することができるのかという問題は、古くから知覚のなぞとして問いつづけられてきたし、どの画家にとっても奥行きという次元をどのように表現するかは、つねにむずかしい重要な問題であった。知覚心理学(→ 認知心理学)では、われわれは物の奥行き(立体感)や物の遠近をみわけるのにどのような手掛かりをもちいているかと問い、その手掛かりとなるものを明らかにしようとしてきた。→ 視覚
| II. | 毛様筋の働き |
まず第1は水晶体の調節である。目はピントのあった像を網膜にむすぶために、その毛様筋の働きによって水晶体の厚みを変化させる。この毛様筋の反応が中枢につたえられ、それがなんらかの奥行き情報として利用されている可能性がある。ただし、これが独立の働きなのか、次にのべる両眼輻輳(ふくそう:対象物に左右の視覚を集中させること)や両眼視差と協同した働きなのかはまだ不明なところがある。また、効果をもつとしても数メートルの近距離にかぎられるようである。
| III. | 両眼輻輳 |
第2は両眼輻輳(Binocular Convergence)で、これは人間の両眼の間隔がおよそ6cmあることによるものである。遠方をみるとき両眼の視線はほぼ平行になるが、近いところにある物をみるときには両眼がそれぞれ内側に回転する。それぞれの目の視線と対象物とでつくる角度を輻輳角といい、この角度の変化が奥行きの手掛かりとしてはたらく可能性がある。ただしこの場合も、距離が20mをこえると両眼輻輳の手掛かりは効果をもたないといわれている(輻輳角が小さくなりすぎるため)。
| IV. | 両眼視差 |
第3は両眼視差(Binocular Parallax)である。両眼は左右はなれているので、奥行きのある物体をみるときに、左右それぞれの目の網膜像はわずかなずれをしめす。これを視差という。これが頭の中で一つに融合するときに立体感(奥行き感)をもたらすのだという考えは、かなり昔からあった。この考えにもとづいてつくられたのがステレオスコープ(実体鏡)である。これは視差に応じて水平方向に少しずれた平面図形をこの実体鏡の左右の房にいれ、これを左房は左目で、右房は右目でみるようにすると、視野の中央に像がうきあがって立体的にみえるというものである。
この効果は実体鏡をもちいなくともつくりだすことができる。たとえば両目の位置に2台のカメラをおいてある人物の写真をとり、これを左目の位置のカメラの写真には青色をかけ、右目の位置のカメラの写真には赤色をかけて二重写しにやきつけ、それを左目が青、右目が赤のセロハンのはいった眼鏡でみると、その人物は背景からうきあがってみえる。これはとびだす写真としてかなり前から知られ、かつてはこの原理にもとづいたとびだす映画もつくられた。また、ほかの要因に影響されずに両眼視差だけによる立体視の効果をとりだそうとしてつくられたのが、最近話題のランダムドット・ステレオグラムである。このように、両眼視差は物の立体感の知覚にかなり重要な役割をはたしているが、奥行き知覚そのものにどれだけの寄与をしているかについてはまだ不明な点が多い。
| V. | 運動視差 |
第4は運動視差である。視差は両眼視差ばかりでなく、目の位置が移動することによっても生じる。車窓から外をみるとき、遠くの山はほとんどうごかないのに、近くの建物や電柱はさっととおりすぎていく。このような運動による視差も奥行き知覚の手掛かりとなる。ほかにも、手前の物体によって奥にある物体がかくされるような事物の重なり合い、手前の物はくっきりとみえるのに対して遠くの物は少しぼやけてみえるという明瞭度の変化、まっすぐむこうにのびていく電車のレールをその中間にたってみると、それが1点に収れんしていくようにみえ、そこにいちじるしい奥行き感を感じるパースペクティブ性(これは透視画法として絵画に利用されてきた)など、多様な要因が奥行き知覚にははたらいている。→ 遠近法
| VI. | きめの勾配 |
しかしながらギブソンは、運動視差やパースペクティブ性とむすびついた「きめの勾配(こうばい)」を奥行き知覚の重要な要因として強調する。ギブソンによれば、われわれは地表面にはりついて生きている動物ではなく、地表面の上にある高さをもって立つ動物である。それゆえ、ここからむこうへと奥行きをもってひろがっている地表面は、手前があらく、遠くにいくほど細かくなる「きめ」をもって知覚される。ギブソンはこれを「きめの勾配」とよび、これが奥行きの手掛かり情報としてわれわれの奥行き知覚をもたらしているのだと考える。しかも、地表面に立つわれわれはつねに動きまわっているから、その運動視差の中で「きめの勾配」もめまぐるしく変化し、そこにパースペクティブ性も重なってはたらいているにちがいない。
ギブソンのこの考えは、飛行機が滑走路に着陸するときに、操縦席の人間(あるいはそのテレビ・モニター)には100m単位の距離標識がきめの勾配をもってみえ、運動視差によってそれの手前に近づいてくる速さがちがい、しかも滑走路全体がパースペクティブ性をもってとらえられる事実に端的にしめされる。
両眼視差や両眼輻輳の要因は両眼視の条件でのみはたらくものであり、われわれの奥行き知覚は単眼でもじゅうぶんに得られるので、ギブソンのいうきめの勾配や重なりなどの手掛かり情報が奥行き知覚においてはより本質的な要因かもしれない。
→ アフォーダンス理論