亡命
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亡命
IV. ロシア革命と白系ロシア人

1917年のロシア革命は、社会主義国ソ連を出現させたが、革命に敵対行動をとったため、あるいは飢餓状況からの脱出をもとめて、大量のロシア人が亡命した。彼らは革命軍(赤衛軍)に敵対して内戦をたたかった白衛軍の軍人や兵士が中心であったため、白系ロシア人とよばれた。

亡命者総数150万~200万人のうち約半数がフランスとドイツにうつり、そのほかロシアの周辺諸国、アメリカ、カナダが定住国となった。日本にも少数が亡命し、ロシア料理店を開いた者もいる。作曲家ラフマニノフ(アメリカに移住)、画家シャガール(フランスに移住)などが、この時期の亡命者にかぞえられる。

ロシア革命の直接の影響下で、ほかのヨーロッパ諸国にもいくつかの社会主義政権が成立したが、結局は反革命によってたおされた。革命政権の閣僚だった者は亡命を余儀なくされ、ハンガリーの作曲家バルトークはアメリカに移住し、哲学者ルカーチはオーストリア、ドイツをへて、ナチス政権(ナチズム)成立後ソ連に移住し、第2次世界大戦後ハンガリーに帰国した。