茶道具
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茶道具
V. 茶碗

抹茶(まっちゃ)を客にすすめるのにもちいる茶碗(ちゃわん)はまことに多種多様である。なかでも楽茶碗(楽焼)は千利休の意匠で、楽長次郎(らくちょうじろう)によって焼かれ、今日まで楽家代々により焼かれてきたものである。また利休の時代から「土風炉」(焼物の風炉)をつくってきた永楽家では、幕末の了全(1770~1841)より茶碗をつくりはじめ、次代の保全(1795~1854)は京焼の名工とされる。

京都の街中や京都郊外の窯で焼かれる陶器を「京焼」の名でよぶことは江戸初期にはじまった。野々村仁清、尾形乾山らの華麗な作品もこれにふくまれ、19世紀初頭に活躍した青木木米、仁阿弥道八(にんなみどうはち。1783~1855)、さらに先述の永楽保全へとひきつがれたのが京焼である。これら京焼以外の日本各地の窯で焼成されたものを国焼の名でよんでいる。この中には萩焼、唐津焼、瀬戸焼、美濃焼などがふくまれる。

以上のような日本で焼かれる焼物のすべてを「和物」の名でよび、「和物茶碗」の名で総称される。和物に対して、中国の産物を「唐物(からもの)」とよぶ。また、朝鮮半島で焼かれたものを高麗物(こうらいもの)といい、井戸茶碗などの高麗茶碗は茶の湯でひじょうに高い地位があたえられている。

「手づくり茶碗」もまた、茶の湯文化では一般的なもので、茶碗づくりの職人でなく、茶人や数寄者(すきしゃ)によってつくられたものをこの名でよぶ。千家歴代の家元が成型し、楽の窯で焼成されたものが多い。