| 検索ビュー | ダイオキシン汚染 | 項目ビュー |
| I. | プロローグ |
ダイオキシンとはポリ塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシン(PCDD)が正式な名称の猛毒性の有機塩素化合物(→ 有機化合物)のことだが、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)をふくめダイオキシン類とよばれることもある。1999年(平成11年)7月に公布された「ダイオキシン類対策特別措置法」ではPCDDやPCDFに類似した毒性や生理作用をしめすPCB(ポリクロロビフェニル)のコプラナー-ポリ塩化ビフェニル(Co-PCB)をふくめたものをダイオキシン類として規定している。
ダイオキシン類には、塩素数と塩素のある位置の違いによりPCDDで75種類、PCDFでは135種類、Co-PCBでも十数種類の異性体がある。種類によって、毒性や生物蓄積性、残留性にもとづく環境汚染の程度はさまざまだが、29種類には毒性があるとされている。ダイオキシン類は化学的にひじょうに安定した物質で、水にはとけず、油にとけ、毒性は半永久的である。
| II. | 人体への影響 |
厚生労働省の調査によれば、ダイオキシン類のほとんどは食物からの摂取によるもので、そのほかは呼吸によって大気からすいこんだり、手についた土から人体に入っている。食物からの内訳は、魚介類が8割以上と多く、つづいて肉・卵が約1割、残りが乳製品、穀物、イモ、有色野菜そのほかとなっている。ふつうの食生活で1日に摂取するダイオキシン類の推定量は、平均すれば体重1kg当たり約1pg(ピコグラム:1兆分の1g)で減少傾向にあり、耐容1日摂取量(TDI)の4pgより少なく健康に影響はないとしている。くわしくは、後述の「日本におけるダイオキシンへの対策」以降を参照してほしい。ただし、環境省による個人単位の調査では、TDIをこえる量のダイオキシンを摂取している場合もあり、たくさんの種類の食品をバランスよく食べることをすすめている。
体内にとりこまれたダイオキシン類は、ヒトの場合はおもに肝臓と脂肪組織に蓄積される。またダイオキシン類は体内からの消失速度がおそく、消失半減期はおよそ7年といわれている。その結果、ヒトの体内でのダイオキシン類の濃度は年齢とともに増加する傾向がみられる(→ 生物濃縮)。近年、ダイオキシン類の微量曝露(ばくろ)による慢性毒性的(発癌性(はつがんせい)、生殖発生毒性、免疫毒性等)影響については動物実験などにより明らかになってきた。
ダイオキシン類の中で、もっとも毒性、発癌性、胎児に対する催奇形性が強いのは、2,3,7,8-テトラクロロ(四塩化)ジベンゾダイオキシン(TCDD)である。この化合物は猛毒で、高濃度での動物実験からその急性毒性はシアン化カリウム(青酸カリ)の1万倍以上ともいわれる。ちなみに致死量はヒトで、体重1kgに対して10µg(マイクログラム:100万分の1g)といわれている。発癌性もあり、免疫系や中枢神経にも重大な影響をもたらす可能性が指摘されている。
また、ダイオキシン類は人体内にとりこまれるとホルモンに似た作用をおこし、免疫系や肝臓、甲状腺機能の低下をまねき、女性・男性ホルモンと中枢神経系などに重大な障害をもたらすことも指摘されている。こうした「環境ホルモン」とよばれる化学物質には、DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン:→ DDT汚染)やPCBなどが知られている。
とりわけ深刻なのは胎児や乳児への影響で、とくに乳児は母乳を通じて蓄積される。それは血液中のダイオキシン類が母乳中の脂肪にとけこみ濃縮されるためで、高齢出産の場合ほどダイオキシン濃度が高いといわれている。1999年8月、厚生省(現、厚生労働省)の研究班が98年度の全国21地域における「母乳中のダイオキシン類に関する調査」の結果を発表した。調査は出産後30日目の母乳にふくまれるダイオキシン類濃度に関するもので、母乳100g当たりの全国平均は86.3pgで、乳児の1日当たりの摂取量は体重1kg当たり103.65pgに達していた。この結果を厚生省では、母乳の摂取期間は長くないため「安全に問題はない」と結論づけ、母乳保育のさまざまな長所から母乳保育を推奨している。
| III. | ダイオキシンの発生原因 |
ダイオキシンは、それ自体を利用する目的で製造されたものではない。塩素や炭素、酸素、水素が加熱されると、自然と発生する。農薬やPCBなどの生産工程で不純物として生じ、金属の精錬や再生過程でも生じる。また、製紙工場からの廃液や自動車の排気ガス、タバコの煙、都市ゴミや産業廃棄物の焼却施設での塩素をふくむ塩化ビニルや塩化ビニリデンといったプラスチック類などの人工有機化合物の焼却などによっても生じる(→ゴミ問題の「ダイオキシン汚染」:ゴミ処理)。したがってダイオキシンは現在の大量生産や大量消費、大量廃棄にもとづく多様な経済活動やライフスタイルから生みだされたといえる。
一方、すでに環境中に存在するダイオキシン類の多くは、過去に水田などで使用されていた農薬、とくに除草剤中にふくまれていたものだと考えられている。こうしたダイオキシンの土壌汚染も各地で深刻な問題をひきおこしている。
| IV. | ダイオキシンの関連事故と汚染 |
過去の大きなダイオキシン汚染は、この物質のもつ強い毒性をありありとしめしている。ベトナム戦争では1965~70年に、アメリカ軍が「枯れ葉作戦」をおこなって大量に除草剤を散布した。この除草剤には、ダイオキシンが不純物としてふくまれており、除草剤が散布されたベトナムやカンボジアの地域住民にその後、神経障害や流産、子供の先天性異常が多発した。この除草剤は総計で6700万リットルもまかれ、その中に2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸(2,4,5-T)と2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)をくみあわせたオレンジ剤とよばれるものが4030万リットルふくまれていた。このオレンジ剤は、もっとも毒性の強い2,3,7,8-TCDDに換算して約170kgものダイオキシンをふくんでいた。
1976年には、イタリア北部のセベソの農薬工場で大爆発事故があり、ダイオキシンをふくむ有毒ガスが噴出し、その後、長期にわたって周辺住民の間で健康被害が多発した。そのため、イタリア政府は汚染された地域の居住を10年間にわたり禁止した。
1978年には、アメリカ合衆国ナイアガラフォールズ市ラブキャナル地区で、大手化学薬品会社が以前投棄した廃棄物を原因とする地下水・土壌汚染事件が明らかとなった。住宅街や学校の校庭がダイオキシン類やPCBなどによって汚染され、付近住民に死産や流産などの大規模な健康被害が生じた。学校は閉鎖され、多くの住民が強制的に退去させられた。
1982年には、アメリカ合衆国のミズーリ州で、ダイオキシン類をふくんだ土壌汚染が判明した。71年に農薬工場の廃棄物(TCDDが混入した廃油)を散布したことが原因で、ここでも連邦政府が町ぐるみ買収し、住民が移住する事態となった。
| 1. | 日本におけるダイオキシン汚染 |
1968年(昭和43年)に九州を中心に発生した「カネミ油症事件」は、当初はカネクロールというPCBが原因とみられていたが、その後の調査により本当の原因物質は、約8~9割がダイベゾフラン、残りがCo-PCBと、いずれもダイオキシン類によるものと判明した。この事件をおこしたカネミ倉庫会社は、米ぬか油(ライスオイル)の製造工程で、脱臭のためにPCBをながしたパイプを油の中にとおしていた。このパイプに穴が開き、PCBが混入したことが原因であった。この油を利用した人々には皮膚炎や発疹(ほっしん)、顔面や足に腫(は)れが生じた。また中毒患者の母親が黒ずんだ赤ちゃんを死産するといったことがおきた。
1997年(平成9年)には大阪府能勢町にあった「豊能郡美化センター」から国内では最悪の高濃度ダイオキシンが検出された。施設内の土壌には1g当たり5万2000ng(ナノグラム:10億分の1g)、焼却灰から13万ngという濃度は、セベソの爆発事故でイタリア政府が居住禁止をきめた量よりもはるかに高い数値であった。また同焼却場で従事していた作業員の血液中からも高濃度のダイオキシンが検出され、大きな問題となった。また香川県の豊島(てしま)など、各地で産業廃棄物や廃棄物焼却で発生したダイオキシンによる汚染の実態が明らかになった。
1999年に国連環境計画(UNEP)は、95年における世界各国の大気中へのポリ塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシン(PCDD)とポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)の排出量を公表した。それによると日本は3981gTEQ/年(TEQ:Toxic Equivalent 2,3,7,8-TCDD毒性換算量)と、世界で最悪の数値であった。また同年に第一薬科大学のグループが日本沿岸や太平洋で捕獲されたクジラを調査したところ、クジラの脂身から高濃度のダイオキシン類が検出された。
2000年12月に、環境庁(現、環境省)が全国の河川および湖沼や海域の39カ所で調査したところ、川崎港(神奈川県川崎市)と水島沖(岡山県)、洞海湾(福岡県北九州市)の海底の泥の中から1g当たり1.2~2.3pg(ピコグラム:1兆分の1g)の臭素化ダイオキシンがはじめて検出された。臭素化ダイオキシンとは構造や毒性がダイオキシン類と似た性質をもつ化学物質で、家電製品や繊維製品などの難燃剤が発生源とみられている。
2001年1月から3月に実施された東京都の調査では大田区の駐車場や区道から1g当たり57万pg(当時の規制値は1000pg以内)という全国一高濃度のダイオキシンが検出された。同年5月に発表された農林水産省の調査結果(調査は2000年10月に実施)では、東京湾や大阪湾の魚類も高濃度のダイオキシンで汚染されていることがわかった。
2001年12月、環境省は「ダイオキシン類対策特別措置法」にもとづく初のダイオキシン類全国調査(平成12年度)結果を発表した。それによると大気では全国961地点(夏と冬の2回以上調査したのは920カ所)の調査地点中で10地点が環境基準をこえていた。また川や海、湖など公共用水域の水質でも全国2116の調査地点中83地点が水質基準をこえていたが、地下水質は全国1479地点すべての個所で水質基準をクリアした。公共用水域底質では全国1836地点すべてが環境基準をクリアしたが、1999年度の調査よりも平均値は上昇していた。土壌は3031地点中で1地点のみが環境基準をこえていた。
| V. | 日本におけるダイオキシンへの対策 |
1980年代にはダイオキシン類がヒトの健康に重大な影響をあたえることが世界的な問題となっていた。そこで日本でも、84年(昭和59年)に厚生省(現、厚生労働省)が、「ダイオキシン評価指針」として、ヒトが生涯にわたり摂取しつづけても健康に影響がない耐容1日摂取量(TDI:Tolerable Daily Intake)として体重1kg当たり100pgという数字をしめしたが、法的な拘束力のあるものではなかった。
1990年にWHO(世界保健機関)のヨーロッパ地域事務局(WHO/EURO)はTDIとして10pgを公表するとともに、各国での規定値の設定をうながした。それをうけて厚生省は検討をおこない、96年(平成8年)6月、当面のTDIとして10pgを公表した。一方で環境庁(現、環境省)は11月に健康リスク評価指針値として5pgを提示した。
1997年2月、WHOの国際がん研究機関(IARC:International Agency for Research on Cancer)は、ダイオキシン類の発癌性の評価を「可能性がある」という評価から、もっとも危険度が高いとする「発癌性がある」の評価に変更した。さらに98年5月に、WHOは、TDIとしてTEQ(2,3,7,8-TCDD毒性等量)を、体重1kg当たり1~4pgにひきさげた。これらは動物実験によって発癌性が明確になったことと、生殖機能に影響をあたえる内分泌撹乱(ないぶんぴつかくらん)化学物質(環境ホルモン)の疑いが強まったためであった。当時、日本では厚生省ではTDIを10pg、環境庁は5pgとしていたが、WHOの設定基準に対応する新たな基準づくりに着手し、WHOが設定したTDIの上限値である4pgを採用した。しかし、WHOの究極の目標値である1pgについては「微細な影響はみとめられるが信頼性は低い」との理由で採用しなかった。
1997年8月、ダイオキシンは大気汚染防止法の指定物質に指定され、同時に廃棄物処理法の改正により廃棄物焼却施設の構造基準と維持管理基準がさだめられた。
焼却炉の燃焼温度が800°C以下の場合はダイオキシンが発生するために、燃焼温度の低い焼却炉は使用しないほうがよい。そのため1997年に文部省(現、文部科学省)は、全国の小学校や中学・高校で使用されていたゴミの焼却炉を全廃することを決定した。
| 1. | ダイオキシン類対策特別措置法の公布 |
1999年7月にダイオキシンの排出基準違反に対する罰則規定や大気、水、土壌の環境基準の設定などをもりこんだ「ダイオキシン類対策特別措置法」が公布され、2000年1月15日から施行された。
この法律では、ダイオキシン類による環境汚染の防止と除去をおこなうことで健康を保護することを目的としている。この法律にもとづいて、2000年9月に策定された国の削減計画では、02年末までに1997年比で約9割のダイオキシン類を削減することをめざしていた。従来の廃棄物焼却施設にくわえ、鉄鋼や紙パルプ工場など新たに12種類の施設を対象とし、排煙や排水中のダイオキシン濃度を規制している。
同法の第12条~第16条の規定により特定施設を新設する際には都道府県知事への届出が、既存施設については法の施行後1カ月以内に都道府県知事への届出が必要となった。また、特定施設の設置局は、毎年1回以上排ガス、排出水についてダイオキシン類による汚染の状況について測定をおこなわなければならないとされている。
| VI. | 廃棄物焼却施設からのダイオキシン類 |
日本では廃棄物の処分場がかぎられているために、近年では焼却によって容積をへらしてから最終処分をおこなうという方法がもちいられてきた。その結果、諸外国にくらべて大量のゴミがもやされ、廃棄物の焼却がダイオキシンの大きな発生源であった。1997年の日本全体でのダイオキシン類の発生量は合計7680~8135gで、そのうち廃棄物の焼却によるものが7205~7658gにもなっていた。その後、上述したように規制をおこなったことで大幅に改善され、2004年には、合計で341~363g、廃棄物の焼却によるものは212~231gにまで削減された。
→ 環境問題