| 検索ビュー | 電荷 | 項目ビュー |
| I. | プロローグ |
ミクロの粒子が電磁場から力をうけたり、逆に電磁場をつくったりする性質を、その作用の大きさであらわした物理量のこと。電気量、電気とほぼ同義だが、個々の物体や粒子などがもつ電気をさすときには電荷という言葉をつかうことが多い。あるいは、そのような性質をもつ物質的な実在をさしてつかわれることもある。
| II. | 電荷の定義 |
電荷の量は正負の実数であらわされ、SI単位(→ 国際単位系)はクーロン(C)である。導線に1アンペアの電流がながれるとき、1秒間に通過する電気量が1クーロンである。電気素量e = 1.602176487 × 10-19クーロンとすると、現在、単独で観測される素粒子は、+eの電荷をもつか、-eの電荷をもつか、あるいは電荷をもたないかのいずれかである。電荷は粒子の属性なので、粒子の種類によってきまるのだが、電気素量よりも小さい電荷をもつ粒子が単独で観測されていないということである。クォークは-e/3または+2e/3の電荷をもつと考えられているが、単独のクォークは観測されていない。そのため、通常の物理的、化学的過程はeを最小単位として説明できる。
マクロな物体の電荷は、構成する粒子の電荷の代数和である。そのため、eの整数倍以外の電荷がみいだされたことはない。典型的な粒子として、負電荷-eをもつものに電子があり、電荷+eをもつものに陽子がある。結局、マクロな電気的現象や化学的現象は、電子と陽子の電荷の作用によって説明できる。ただし、マクロな現象にあらわれる電荷には、真電荷、分極電荷という区別がある。
| III. | 真電荷 |
ふつう、電子と陽子をふくむ原子や分子は一体となって結合しており、全体としては中性の物質として存在していることが多い。しかし、そのような原子や分子が電子とイオンに分離すると、これがマクロな電荷としてあらわれる。このような電荷を真電荷という。真電荷は物質からとりだすことができる。電流は、この真電荷の流れである。
| IV. | 分極電荷 |
一方、電子とイオンに分離するのではなく、原子や分子の中にある電気的な偏りがそろって同じ方向をむくことによってマクロな電荷としてあらわれるのが、分極電荷である。全体としてみれば中性である分子の内部も、複数の原子が結合しているため、電子の分布には偏りがあり、正に帯電している部分と負に帯電している部分とがある。このように分子内の正負の電荷分布にずれがあると、分子は正極と負極をもっているように考えられ、これを電気双極子という。
ふつうは電気双極子の向きはバラバラでそろっていないので、たがいにうちけしあい、ミクロには電荷分布に偏りがあってもマクロには電荷はあらわれない。しかし、電場の中におくと、多数の双極子が電場に反応して同一の方向をむく。すると、物質内部では電気双極子が交互につらなるのでやはりうちけしあうのだが、物質の表面ではマクロな電荷があらわれる。これを分極電荷という。分子だけでなく原子でも、電場内では電荷分布に偏りが生じ、同様に分極電荷がみられる。分極電荷は、原子もしくは分子から分離した電子やイオンによって構成されているわけではないので、物質からとりだすことはできない。
| V. | 電荷概念の歴史 |
電気現象については、古代から摩擦電気が知られていたが、電気が状態ではなく、実体として考えられるようになったのは、伝導現象が発見されてからである。1729年、イギリスの物理学者スティーブン・グレーは、摩擦して電気的引力をもたせたガラス棒を、ある種の物質をとおして他の物体に接触させると、その物体もガラス棒と同じく小物体をひきつける能力をもつようになることをみいだした。この報告をうけとったフランス生まれのイギリスの物理学者ジョン・デザギュリエは、グレーの死後も実験をつづけ、電気的能力をつたえる性質をもつ物質を非電気体、または導体と名づけた。デザギュリエが導体を非電気体とよんだのは、当時、ガラス棒が引力をもつのはそのような状態になるからだと考えていたことを反映している。しかし、伝導現象が発見されると、物体からはなれて他にうつることができる実体を考えるほうが合理的となった。これ以後、電気現象は電気という実体のしめす現象として理解されるようになる。
その実体としての電気が1つではなく、2種類あることをしめしたのが1733年の、フランスの物理学者シャルル・デュ・フェイによる発見である。デュ・フェイは、帯電させたガラス棒と樹脂棒では、他の物体をひきよせるようすや反発するようすがことなることなどから、電気には2種類あり、同種は反発しあい、異種はひきあうことを結論した。
以上の発展の後をうけて、電気の実体化に理論的表現をあたえたのが、アメリカの科学者、政治家ベンジャミン・フランクリンであった。フランクリンは1750年、電気の一流体説を提唱した。彼は、あらゆる物体は重さのない電気流体をある量だけふくんでおり、それが過剰もしくは不足になると帯電状態になるとした。それぞれの状態を正、負とよんだのもフランクリンが最初である。また、フランクリンは、電気流体はガラスをとおりぬけられないが、電気的引力はガラスをとおりぬけると考え、電気にも遠隔作用の概念を適用した。この考えは、重力以外にははじめてのことである。重力と電気力の類似をいっそう強めたのは、85~89年の間におこなわれた、クーロンの法則の確立である。
電気力と重力の類似にもとづいて電気の理論が発達したことは、電気を荷電粒子の振る舞いとして考えることをみちびいた。1827年、フランスの物理学者アンドレ・マリー・アンペールは、論文「実験から一意的にみちびかれた電気力学的現象の数学的理論について」を発表する。ここでアンペールは、力学の理論構成にならって電磁理論をくみたてようとした。彼は、質点に対応する実体として電流要素を考え、電気力はそれらの間に遠隔的にはたらく中心力としたのである。彼が自分の理論にあたえた電気力学という名前は、文字どおり電気の力学を意味するものだった。そして、46年にドイツの物理学者ウィルヘルム・ウェーバーは、電流要素の本性として荷電粒子という概念を導入した。ここに、電荷をもつ実体としての粒子が電磁気理論の本質的構成要素とされたのである。
さらに、1897年にイギリスの物理学者J.J.トムソンが電子の存在を確立したことにより、電荷eがすべての物質の要素電荷とみなされるようになった。
| VI. | 真電荷と静電容量 |
電気工学で、電荷をたくわえる素子をコンデンサーといい、たくわえることができる能力を静電容量という。C=Q/Vで静電容量が定義されるが、ここでQは電荷(クーロン)、Vは電圧(ボルト)である。