近代
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近代
IV. 殖産興業と植民地支配

産業資本の蓄積の薄さをカバーするために、明治政府がとった殖産興業の方針は、官営(国営)事業で産業の育成をはかることであった。紡績、製糸、セメント、造船、鉱山、鉄鋼など素材産業や製造業を、西欧から輸入した機械を使用して国営ではじめ、1880年代以降、それらを民間にはらいさげていった(官業払下げ)。ここから国家と密着した財閥が誕生することになる。

やがて日本の産業は、日清戦争(1894~95)、日露戦争(1904~05)、第1次世界大戦(1914~18)という戦争を展開点に、紡績などの軽工業から、機械製造などの重工業、化学工業へと進展していった。日本における産業資本の確立を日露戦争時とする見方が一般的なのは、この点によるものである。それは同時に、台湾、朝鮮や満州(中国東北部)への日本の植民地支配の拡大にもつながった。

戦争と侵略による近代化の達成という性質は、第2次世界大戦の敗戦までつづき、この敗戦が日本の近代の終わりであり、現代の始まりとされる。