古代
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古代
III. 古代社会と奴隷身分

日本の古代は、階級社会の形成期という点からみれば前4世紀の弥生時代にはじまる。縄文時代(縄文文化)までは支配層のない社会とされ、弥生時代になると墓にも身分差がみられ、「魏志倭人伝」にも大人や下戸という階級が存在して、生口(せいこう:奴隷)の献上や犯罪者の奴婢(ぬひ)への転落などがしるされている。ただ、奴隷身分の存在は明らかだが、そうした奴隷が生産の基本的な担い手であったかどうかは、明瞭ではない。

つづく古墳時代は、4世紀以降の大和政権の時代にほぼ相当する。その政権下では部民制がとられ、多くの農民は豪族たちの私的支配をうけて、彼らに生産物と労働力を提供した。さらにその豪族の私的支配と部民制を否定して、7世紀後半~8世紀初頭にかけて律令制による国家が成立する。律令国家は部民を解放してその大半を公民とし、それまでの私地私民制から公地公民制へと移行させた。全国民を戸籍、計帳を通じて個別に把握し、その土地もすべて公有財産とするなど、私的所有をゆるさないことが原則とされた。こうした公民のほかに奴婢も存在したが、その数は5%にみたなかったと推定され、役割としては基本的に家内奴隷にとどまった。班田収授法

このような奴婢たちの生活形態を考えると、この時代の日本が奴隷制社会だったといえなくなるかもしれない。しかし、個別人身支配をうけ、また耕地をたえず班田収授される公民のシステムは、大局的にみれば奴隷制にあたるともいえ、公民を、土地にしばられた奴隷的存在ととらえることは可能である。