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核実験
I. プロローグ

核爆発装置を実際に爆発させて性能や効果をためすこと。世界最初の核実験は、1945年7月16日に、アメリカのニューメキシコ州アラモゴードの砂漠にもうけられた鉄塔上でおこなわれた。以来今日までに、アメリカ、旧ソビエト連邦(ソ連)、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、北朝鮮の8カ国で実験が実施された。

核実験のおもな目的は新しい核兵器の開発にあるが、それ以外にも核爆発の効果の検討、貯蔵核兵器の信頼性の確認、安全管理法の確立、人員や施設の機能の維持などが目的としてあげられる。

II. 核実験禁止への歩み

核実験は1950年代以降、米・ソの核開発競争の激化にともなって急増した。その結果、実験による放射性降下物による汚染や被爆事故があいつぎ、核実験に対する国際世論の強い懸念が表明されるようになった。54年10月、インドのネルー首相が国際連合(国連)で核実験休止協定をよびかけて以来、この問題が国連の重要課題として検討されるようになった。

1963年に米・英・ソ3国は部分的核実験禁止条約を締結し、大気圏内、宇宙空間および水中での核実験を禁止したが、地下での実験は継続された。96年9月には核実験を全面的に禁止する包括的核実験禁止条約(CTBT)が国連総会で採択されたが、この条約が核保有国の固定化と核爆発によらない核実験を禁止していないなどの理由でインドが署名を拒否しており、当面発効のめどはたっていない(アメリカと中国は批准をしていない)。

III. 未臨界実験

核爆発によらない核実験とは、現在アメリカが計画、実行しているもので、核分裂の連鎖反応がおこる臨界状態直前、すなわち核爆発直前の条件下でおこなわれる「未臨界実験(臨界前核実験ともいう)」である。この実験は、地下で高性能火薬を爆発させ、その衝撃波をプルトニウムなどの核物質にあてて変化をしらべるもので、核物質の量などを調節して核爆発にはいたらないようになっている。これは長年にわたって蓄積された膨大な実験データをスーパーコンピューターで処理することによって、実際の核爆発をおこさなくても核兵器の維持、開発が可能になったことを背景としている。

アメリカは、この実験は核兵器の信頼性を確認するのが目的で核実験ではないとし、ロシアもこの実験は核爆発をともなわないため包括的核実験禁止条約(CTBT)の対象外であるとして、両国とも実験に着手している。しかし、核兵器保持のための実験には変わりはなく、核兵器そのものの廃絶をめざしているCTBTの精神に反しており、中国やインド、国際的な環境団体などから強い批判の声があがった。

IV. インド、パキスタンの核実験

1998年5月、インドついでパキスタンが国際世論を裏切って地下核実験を強行した。インドが24年ぶり2度目の実験をおこなった背景には、上述したように、核保有国による核独占体制と、その核保有国が未臨界実験へとすすむことによる非核保有国との圧倒的な力の差を黙視できなかったことがあった。同時に、対抗して初の実験をおこなったパキスタンとの、国境問題など深刻な対立も要因にあげられる。

こうして、核保有が地域紛争をかかえる国々に広がる危険性は高まった。

V. イギリスも未臨界実験に参加

2002年2月、アメリカとイギリスははじめての共同未臨界実験をネバダ州の地下実験場で実施した。これによりイギリスは、アメリカ、ロシアにつづいて、3番目の未臨界実験データの取得国となった。

また、アメリカのブッシュ政権は、包括的核実験禁止条約(CTBT)からの離脱や爆発をともなう地下核実験の再開を検討するなど、核兵器回帰の姿勢をみせはじめた。1994年(平成6年)以降日本は、国連総会の軍縮・安全保障問題を協議する第1委員会に、毎年核廃絶決議案を提出し、すべて採択されてきたが、2001年の決議案に対してアメリカは、それまでの賛成または棄権をかえて、反対にまわった。

VI. 北朝鮮の核実験

2006年10月9日には、以前から核開発をすすめていた北朝鮮が地下核実験をおこなった。これで北朝鮮の核武装の懸念は現実のものとなり、国際連合(国連)では、北朝鮮と友好的なロシアや中国も賛成して、「大量破壊兵器の拡散は国際平和と安全にとって脅威である」とし、北朝鮮に核兵器および核計画の放棄を強く要求する制裁決議案を採択した。国連のこうした迅速な動きは、核開発疑惑の渦中にあるイランが、北朝鮮につづいて核実験をおこなうようなことになれば、中東に核保有が広がる核のドミノ現象の危険性が高いこと、そして、核兵器がそれらの国からテロリストにわたる危険性も一段と高まるからであった。

その後も国連の場で日本が中心となって「北朝鮮の核実験非難」をもりこんだ核廃絶決議案を採択した。特定の国名をあげて非難したのは、はじめてのことだった。経済制裁などが北朝鮮に対しておこなわれる一方、北朝鮮に核兵器および開発計画の全面放棄をもとめる動きはその後、6カ国協議の場へとうつった。アメリカが率先して、核施設の完全無能力化や計画の放棄にむけての話し合いがおこなわれ、経済・エネルギーおよび人道支援を見返りに北朝鮮は核施設の一部を破壊・放棄するなど、一時は核計画の完全放棄にすすむかにみえた。しかし、2009年4月に北朝鮮は6カ国協議からの離脱を表明したうえ、5月25日、ふたたび地下核実験を強行した。

核エネルギー:原水爆禁止運動:ビキニ水爆実験