検索ビュー ロマン派(音楽)

この項目内で、特定の言葉で検索するには、[編集] メニューの [このページの検索] をクリックします。

入力した言葉とまったく同じ言葉で検索されます。見つからない場合は、別の言葉で検索してみてください。

ロマン派(音楽)
I. プロローグ

ヨーロッパの音楽史において19世紀初頭から20世紀初頭、すなわち第1次世界大戦の前までの時代で、特徴的様式の音楽をさす用語。現代音楽と古典派の中間にある。18世紀末に文学でおこったロマン主義運動の影響をうけ、それ以前の古典派(18世紀中ごろから19世紀初頭)のめざした調和や客観性、抑制とは正反対の、夢やあこがれにみちたより主観的で感情的なものを追究した。また、神秘的なものとの結び付きや、中世や異国的素材への傾倒、現実逃避や唯美主義的傾向なども特色とされる。

II. 文学や絵画に題材

ロマン派の作曲家たちは、文学や絵画などに主題をもとめ、音楽をとおして文学的内容や絵画的風景などを描写しようとした。そのため、作品全体が1つの物語になっているような構成がとくにこのまれた。器楽曲では、標題によって内容を定義する作品、標題音楽が生まれる。また、文学と強くむすびついたロマン派の声楽曲は、リートとよばれるドイツ歌曲を中心に盛んとなる。また、劇音楽では、19世紀後半にはドイツのワーグナーによって、声楽だけでなく音楽、文学、演劇などのあらゆる芸術を総合した楽劇が確立された。

III. 作品の傾向

作品の形態としては、交響曲、弦楽四重奏曲、ソナタなど、古典派から継承されたものが多いが、様式はより自由かつ柔軟になり、オーケストラによる交響詩、ピアノによる自由な形式の小品キャラクター・ピースなど新しい時代を特徴づける分野も生みだされた。

IV. 音楽家が自由に個性を発揮

この時代には市民社会への音楽の浸透がすすみ、音楽家は王侯貴族につかえる身分から解放され、自立した立場になった。その結果、演奏会が音楽活動の中心となり、音楽家もそれぞれの個性を主張するようになる。作品が何度もくりかえし演奏されるようになるのもこの時代の特徴で、作曲家もそれを意識して、作品をかなり綿密に推敲(すいこう)するようになる。したがって、この時代には古典派以前ほど多作な作曲家はいない。

個性が尊重されるようになったため、作曲家ばかりでなく、演奏家にも卓抜したテクニックで名をなす人々が登場する。彼らは「ビルトゥオーソ」とよばれ、名人芸的な技巧を演奏会で披露した。ピアノのショパンやリスト、バイオリンのパガニーニなどがとくに有名である。

ロマン派は100年以上にもおよぶため、19世紀中ごろまでを初期、19世紀中ごろから1890年ごろまでを中期、それ以降を後期と区別することができる。また、中期と後期をあわせて後期という区分もある。

V. 初期

古典派と決別し、主観的、感情的なものをめざしはじめた時期で、その傾向は詩の世界を音楽的に表現したドイツのリートにもっとも強くあらわれている。代表的なものにドイツのゲーテの詩をみごとにえがいた、オーストリアのシューベルトによる「魔王」などがある。このような歌曲は1曲ごとに音楽として完全にまとまっているが、いくつもの詩をつらねて1つの物語をかたる連作歌曲も創作された。そうした作品には、シューベルトによる「うつくしき水車小屋の娘」「冬の旅」(詩ミュラー)、ドイツのシューマンによる「詩人の恋」(詩ハイネ)などがある。

初期の代表的な作曲家には、上記のほかに、ドイツのウェーバー、メンデルスゾーン、フランスのベルリオーズらがいる。ウェーバーは、ドイツの伝説にもとづく幻想的なオペラ「魔弾の射手」でドイツ・ロマン派のオペラ様式を確立した。また、ベルリオーズの「幻想交響曲」は標題音楽の代表作のひとつで、この作例にもちいられた固定楽想(イデ・フィクス)という技法は、のちにリストの交響詩やワーグナーの楽劇にとりいれられた。

ポーランドのショパンは、演奏家としての名声をきずく一方、「ノクターン」「マズルカ」などのピアノ曲を作曲。これらの小品は、キャラクター・ピースとよばれ、題名にしめされた内容や気分を短い曲にまとめたものである。数曲を1組にした作品もある。

オペラなど劇作品の作曲家としては、ドイツのマイヤーベーア、イタリアのロッシーニが活躍した。

VI. 中期

この時代には、物語を音楽的に表現しようとする壮大な作品が登場する。リストは交響詩というジャンルを開拓し、物語ばかりでなく、文学的、宗教的、美術的な背景を音楽で表現することに成功した。

ドイツでは、「ニーベルングの指環」を頂点とする楽劇を生みだしたワーグナーのほか、ブラームスが活躍する。ブラームスはワーグナーの対極に位置づけられる作曲家で、交響曲や室内楽曲といった古典的な様式にこだわりつづけた。またフランスでは、純粋な器楽曲を推進する運動がおこり、フランク、サン・サーンス、ダンディ、ショーソンらが中核をなした。イタリアではベルディのオペラがイタリアにおけるロマン派の頂点をきずく。

VII. 後期

後期の代表的なドイツの作曲家には、器楽曲をおもに作曲したブルックナーとマーラー、歌曲のウォルフ、オペラと器楽曲に才能をしめしたリヒャルト・シュトラウスがいる。フランスではビゼーが「カルメン」などのオペラで成功をおさめ、イタリアではベルディのあとをうけて、マスカーニ、レオンカバロ、プッチーニらが活躍した。

一方、この時代には民族的な手法を積極的にとりいれた音楽が作曲されるようになる。このような音楽にとりくんだ作曲家を「国民楽派」とよぶ。主要な作曲家としては、ノルウェーのグリーグ、ボヘミアのドボルザークとスメタナ、フィンランドのシベリウス、ロシアの「五人組」(キュイ、バラーキレフ、ボロディン、ムソルグスキー、リムスキー・コルサコフ)、スペインのグラナドスとアルベニスらがいる。

ロマン派の末期には、長年にわたり西洋芸術音楽の土台をなしてきた機能和声が崩壊にいたり、現代音楽へとつながっていき、半音階や転調が多用されるようになる(和声)。