| 母屋と庇 | 項目ビュー | ||||
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| IV. | 庇は拡張された空間 |
奈良時代になってからも、切妻造を「真屋(まや)」、寄棟造を「東屋(あずまや)」とよび、切妻造の住宅のほうが格上とされていた。しかし、梁間2間の単純な切妻造の構造では、広い内部空間をつくるのはむずかしい。そのため、切妻造の建物の周囲に屋根を延長して蔀(しとみ)などを軒下にさげ、空間を拡張するようになった。この屋根を延長してつくられた空間が庇で、それに対して本来の切妻造の部分を母屋とよんだ。また、庇の外側にさらに屋根をのばして空間を延長する場合もあり、庇の外にさらに延長した部分を孫庇といった。東西の対屋(たいのや)などにみられる吹き放しの孫庇は、広庇(ひろびさし)とよばれた。