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ユーロ
I. プロローグ

EU(ヨーロッパ連合)27カ国中15カ国の単一通貨。略号は€。補助通貨はセントで、1ユーロの100分の1。

1999年1月1日、非現金取引(銀行間取引)においてユーロの使用が開始され、2002年1月1日からは紙幣と硬貨の一般流通もはじまり、同年2月28日には参加国国内通貨の使用が終了。フランス・フランやドイツ・マルクといった各国通貨は通用しなくなった。

II. ユーロ参加の条件と参加国

ユーロ参加には、以下のような物価上昇率、財政赤字、為替安定、金利の4基準(経済収斂基準:けいざいしゅうれんきじゅん)をみたすことが条件づけられている。

(1)物価上昇率…過去1年間、消費者物価上昇率が、消費者物価上昇率のもっとも低い3カ国の平均値を1.5%より多くうわまわらないこと。
(2)財政赤字…GDP(国内総生産)比3%以下で、債務残高もGDP比60%以下におさえること。
(3)為替安定…ERM(ヨーロッパ為替相場メカニズム)、1991年以降はERM 2(ヨーロッパ新為替相場メカニズム)に参加し、為替相場の変動幅を一定以下におさえること。
(4)金利…過去1年間、長期金利が消費者物価上昇率のもっとも低い3カ国の平均値を2%より多くうわまわらないこと。

1999年のユーロ発足時の参加国は、当時のEU(ヨーロッパ連合)15カ国のうち、ドイツ、フランス、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、スペイン、ポルトガル、オーストリア、アイルランド、フィンランドの11カ国で、ユーロ参加を希望しながら条件をみたせないでいたギリシャは2001年1月にくわわった。

イギリス、デンマーク、スウェーデンの3カ国は未参加である。このうちデンマークはユーロ導入の準備段階ともいえるERM 2に参加してデンマーク・クローネとユーロの相場を固定しているが、2000年の国民投票でユーロ参加が否決されたためユーロ採用にいたっていない。イギリスはユーロ参加の是非を問う国民投票を03年ごろに実施する予定でいたが、その後の経済状況と政策の変化により実現せず、近く実施される見込みもない。スウェーデンは03年の国民投票でユーロ参加が否決され、当面ユーロに参加する動きはない。

2004年にEUに加盟した10カ国のうち、07年1月にスロベニアで、08年1月にマルタとキプロス、09年1月にスロバキアでユーロ使用が開始され、ユーロ参加国は合計16カ国になった。また、リトアニア、ラトビア、エストニアの3カ国は、ERM 2には参加しており、ユーロ導入時期をうかがっている。一方、チェコ、ポーランド、ハンガリーはまだERM 2参加をはたしていない。これらの国々は、07年にEU加盟したブルガリアやルーマニアとともに、できるだけはやい段階でERM 2に参加して条件をととのえ、08~10年にかけてユーロに参加していく予定だが、実現できるかどうかは不明である。

III. ユーロの概略

Euro(ユーロ)は、元来はEurobond(ユーロ債)のように、複合詞としてもちいられてヨーロッパの意味をあらわすもので、単独ではもちいられてこなかったが、1995年12月マドリードで開かれたヨーロッパ首脳会議(欧州サミット)で、共通通貨の名称およびその通貨単位として採用された。

従来は、マーストリヒト条約の中でヨーロッパ通貨単位(European Currency Unit:ヨーロッパ通貨制度)の略称ECU(エキュ)を仮称としていたが、フランス革命後の一時期、同国の銀貨の名称がECUであったことがあるため、それを名称とすることに反対する国があって、最終的には無難なユーロにきまった。

ユーロは、2001年末までは価格の表示単位(価値基準)として、また預貯金の残高、外国為替市場、資本取引、旅行者小切手など、銀行を通じる取り引きでもちいられた。紙幣と硬貨の流通は、02年1月から開始され、参加各国の通貨は、同年2月末までに法的効力をうしなった。

ユーロの価値は、外国為替市場でドルや円など域外主要通貨との間で変動する。1999年に導入された直後の1カ月間は、1ユーロ=1.18~1.13ドル、1ユーロ=134~132円程度であったが、その後は、傾向的にはユーロ安の方向で推移した。しかし、2002年秋より相場は上昇し、03年5月には導入直後の相場をうわまわった。以後も全体として上昇をつづけ、08年1月には1ユーロ=1.45~1.49ドル、1ユーロ=150~160円程度と、ドルや円に対するユーロの価値は大きく高まっている。

IV. 通貨統合への歩み

1989年4月発表の「ヨーロッパ共同体の経済通貨同盟に関する報告書」(ドロール報告書)は、経済通貨統合(EMU:Economic and Monetary Union)の実現への過程を3段階とした。第1段階(1990年7月~93年12月)では、域内市場統合の促進と中央銀行総裁会議の機能強化、第2段階(1994年1月~98年12月)では、ヨーロッパ通貨機構の設立とマクロ経済政策協調の強化、第3段階(1999年1月~)は、単一通貨ユーロの導入とヨーロッパ中央銀行(ECB)による統一的な金融政策の実施である。ヨーロッパ中央銀行は98年6月に業務を開始した。

この第3段階の初めにおいて、経済通貨統合への参加条件であるインフレ率、長期金利、財政赤字・政府債務、為替要件などの経済収斂基準をみたし、かつ参加意思をもった11カ国が、予定どおりユーロを導入した。不参加4カ国のうち、参加意思をもちながら経済状況がわるく参加できなかったギリシャは、その後、収斂基準をみたし、2001年1月に参加した。04年にEU(ヨーロッパ連合)に加盟した東欧などの10カ国では、スロベニアが先頭をきって07年1月に参加。08年1月にはマルタとキプロス、09年1月にはスロバキアが参加をはたした。

ヨーロッパ中央銀行は、物価の安定を第一義的な目標として金融政策を実施する。その基本任務は、(1)域内の金融政策の策定・実施、(2)為替操作の実施、(3)加盟国の公的外貨準備の保持・管理、(4)決済制度の円滑な運営と促進、にある。最高意思決定機関である理事会(Governing Council)は、ヨーロッパ中央銀行総裁、副総裁、4名の理事、それに参加国の中央銀行総裁で構成され、採決は単純多数決でおこなわれる。ヨーロッパ中央銀行は、EU諸機関や各国政府から独立し、これらから指示をうけてはならず、また信用供与をおこなってはならないとされている。

V. 通貨統合による影響

ユーロに単一化されて各国の為替差がなくなったため、物やサービスの価格の各国間による違いがはっきりとわかり、価格や賃金は徐々に均等化するとみられている。また、域内の為替リスクがなくなったことで、貿易や投資が促進され、経済の活性化が期待されている。事実、単一通貨の導入によって、1999年来、民間企業の起債の急増、シンジケート・ローン(複数の銀行団による貸し出し)の増加、新株発行の増加、成長企業の出現などの影響がみられた。その一方で、域内の局地的な不況に対して、独自の金融政策をおこなえない各国が、財政手段によってどのように対処するかという課題がのこされる。

VI. ドルにかわる基軸通貨へ

域外に対するユーロの影響は、さらに強まると予想される。ユーロ圏は3億人をこえる人口とGDP(国内総生産)年約7兆ドルという経済力をもっている。人口ではアメリカをしのぎ、GDPではその4分の3に相当する。また世界貿易に占める割合は、アメリカが約20%であるのに対し、ユーロ圏は約15%である。今後、2004年以降のEU(ヨーロッパ連合)加盟国が次々とユーロに参加することが予定されており、ユーロ圏はいっそう拡大する。この巨大な経済圏の発足により、これまで基軸通貨国としての地位をたもってきたアメリカは、ドル価値維持のための金融政策に従来以上に心をくばることになろう。

ヨーロッパ中央銀行(ECB)による適切な金融政策、またユーロ圏内の国際金融市場の発展につれ、ユーロは二大基軸通貨のひとつとなりつつある。たとえば、2003年前半には、国際情勢が緊迫したときにはドルが買われるという経験則に反して、世界の資金は財政規律がしっかりしたEUの債権投資にむかうなど、ユーロ資産はドル資産と代替関係にあることがしめされた。

1999年のユーロ導入時、巨大な単一通貨市場の誕生を前にアメリカの金融関係者の多くは、ユーロがドルに匹敵する力をもつようになるまでは、まだ相当な時間がかかるだろうとみていた。ところがユーロは、2002年に一般流通がはじまった当初こそ下落傾向にあったものの、すぐに上昇に転じ、ドルに対する最高値を更新。ユーロ発足時に1ユーロ=1.18~1.13ドルだった相場は07年11月末には1ユーロ=1.4966ドルと1ユーロ=1.50ドルにせまる高値にまで上昇した。ドル安ユーロ高に呼応するように円に対しても1ユーロ=130円前後だったものが07年7月には1ユーロ=168.95円を記録するなど高値を更新しつづけた。

ユーロ高の背景のひとつに、堅調な経済成長をつづけるユーロ圏の高金利がある。好調な経済と物価上昇を背景に、ECBが利上げをすすめたため、世界じゅうから資金があつまっている。また、ユーロをおしあげるもうひとつの要因として、泥沼化するイラク情勢などアメリカ外交政策の失敗や、アメリカの経常赤字の膨張や景気の不透明感に対する不安などにより、国際貿易や投資、外貨準備などでドルからユーロへシフトする動きがある。とくにOPEC(経済協力開発機構)加盟国やロシアといった主要な産油国が原油の決済手段を、それまでのドルからユーロへ移行しはじめたことは大きい。ユーロは予想よりもはやく信用を獲得し、ドルとならぶ、いやドルをこえる基軸通貨の地位につこうとしている。

しかし、2008年秋にアメリカからはじまった国際金融危機への対応をめぐり、ユーロ採用国間の足並みの乱れが露呈するなど、金融システムの統一した規制・監督体制をもたないユーロの弱点もうかびあがった。