| 検索ビュー | ジェミニ計画 | 項目ビュー |
| I. | プロローグ |
NASA(アメリカ航空宇宙局)が計画し、マーキュリー計画につづき、アポロ計画への準備として1964年から66年にかけて実行されたアメリカの有人宇宙飛行計画。ジェミニ(ふたご座)という名がしめすように2人乗りの宇宙船が利用された。
マーキュリー宇宙船とはちがい、ジェミニ宇宙船は、ソ連のウォストーク宇宙船と同じように宇宙飛行士がのりこむ大気圏再突入カプセルと機械船からなっていた。漏斗(ろうと)形の大気圏再突入カプセルは直径2.3m、長さ3.4m、他の宇宙船とのドッキング用に設計された円筒形の前部には再突入(着水)用のパラシュートやカプセルの姿勢制御用小型ロケットが収納されていた。また、燃料電池や酸素タンク、姿勢制御用や軌道飛行用のロケットエンジンをのせた機械船は、底面の直径3.1m、長さ2.3mほどで、重量は飛行時間の長さによりことなっていたが、全体で3tをこえるものだった。この重量はマーキュリー宇宙船の打上げに使用されたアトラスDロケットの能力をこえていたため、より強力なタイタン2I型ICBM(大陸間弾道ミサイル)を改装した、ジェミニ―タイタンIIが使用された。このロケットの直径は3.1m、全長は33.2m、重さは185tあり、推進剤には四酸化二窒素とエアロジン50を使用していた。
| II. | ジェミニ計画の目的 |
当時、アメリカはすでに月をめざすアポロ計画の概要をかためており、ジェミニ計画ではアポロ計画にとって必要となる宇宙船どうしのランデブーやドッキング、また長時間の飛行や船外活動といった技術を完成させる必要があった。そのための準備としてジェミニ計画が実行された。
| III. | ジェミニ計画の概要 |
まず無人の1号と2号がうちあげられたあと、1965年3月23日に有人の3号(飛行時間4時間53分)がうちあげられ、有人宇宙船としてはじめて軌道変更をおこなった。同年6月3日にうちあげられた4号(飛行時間97時間56分)では、エドワード・ホワイト宇宙飛行士がアメリカ人で初の宇宙遊泳を22分間おこなった。なお、史上初の宇宙遊泳は、同年3月18日にソ連のウォスホート2号にのりこんだアレクセイ・レオーノフによって10分間なされている。
5号(8月21日打ち上げ)では190時間55分と飛行時間をのばし、12月15日には6A号と7号が、最短距離で30cmまで接近するという史上初のランデブー飛行に成功した。この7号は地球を206周し、飛行時間330時間35分という、当時の最長記録をつくった。
1966年3月16日にうちあげられた8号は、無人の人工衛星アジェナとの史上初の宇宙船どうしのドッキングに成功した。9A号(6月3日打ち上げ)も標的衛星とのドッキングに成功、ユージン・サーナン宇宙飛行士が2時間8分におよぶ宇宙遊泳をおこなった。その後も10号(7月18日打ち上げ)ではドッキングと船外活動、11号(9月12日打ち上げ)ではドッキングや宇宙遊泳にくわえメリーゴーランド飛行がおこなわれた。そして、計画では最後となった12号が66年11月11日にうちあげられ、エドウィン・オルドリン宇宙飛行士が初の本格的な船外活動をおこない、全部で10回にわたったジェミニ計画はほぼ目標を達成して終了した。
→宇宙探査の「有人宇宙計画」