アメリカ同時多発テロ
印刷するには、[ファイル] メニューの [印刷] をクリックします。
アメリカ同時多発テロ
VII. タリバーン政権の崩壊と暫定政府の樹立

11月25日、アメリカ海兵隊正規軍がカンダハール周辺に投入され、タリバーンの「首都」といわれるカンダハールへの攻撃が本格化した。12月6日、タリバーンはカンダハールの明け渡しに同意し、翌7日にカンダハール周辺3州を地元パシュトゥーン人勢力にひきわたし、すべての支配地域をうしなうことになった。これにより、タリバーン政権は完全に崩壊した。

タリバーン政権の崩壊をうけて、世界の関心は、タリバーン以後のアフガニスタンの政治体制をどのように構築するかに移行した。政権の受け皿をめぐっての綱引きは、すでにアメリカ軍の攻撃開始に前後してとりざたされてきたが、公式協議は11月27日に、北部同盟と、ローマに亡命している元国王ザーヒル・シャー支持派、さらにイラン寄りの亡命者を主体としたキプロス・グループ、パキスタンにのがれていたペシャーワル・グループの4派をあつめて、ドイツのボンで開始された。各勢力間の政権ポスト争いで協議は難航したが、アメリカを初めとする国際社会の圧力もあり、会期延長のうえ、ようやく12月4日未明に暫定政権の樹立に合意した(翌5日に調印)。

暫定内閣の議長には、ザーヒル・シャー支持派でアフガニスタン最大民族パシュトゥーン人のハミド・カルザイがえらばれ、各派のバランスをとった組閣名簿がつくられた。暫定政権は12月22日に発足し、これをささえ、アフガニスタンの治安維持にあたる、イギリス軍を中心とした多国籍部隊「国際治安支援部隊(ISAF)」の派遣決議案も、12月20日に国連安保理で採択された。

以後の推移についてはアフガニスタンを参照。