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| II. | ダーウィン以前の進化論 |
進化とは、生物が時間とともに変化して、ことなった種類の生物になることである。生物が変化するという漠然とした認識は、古代ギリシャの自然哲学や東洋の輪廻転生的な自然観にもうかがうことができるが、歴史的な過程として、進化の認識が成立するのは、18世紀以後のことである。地質学が地球の変化を明らかにし、古生物学がことなった地層からことなった化石をみつけだし、比較解剖学が生物の構造には種をこえた共通性があることをしめし、発生学が卵から複雑な器官が形成される過程を、生物地理学が世界各地の生物相の特異性を明らかにするにつれて、あらゆる事柄が進化の事実をさししめすようになった。
こうした状況の中で、進化論的な発想の先駆けとなるものが、いくつかあらわれた。たとえば、ジョフロア・サンティレールやリチャード・オーエンが提唱した動物の器官の相似や相同という概念は、共通のプランからの進化を前提としていたし、フォン・ベアは、ヘッケルに先だって高等動物の初期胚が下等動物の成体に似ていることを指摘していた。また、反進化論者として有名なキュビエも、神による創造という枠内で、天変地異による新種の出現をみとめていた。そのほか、モーペルテュイやビュフォンも進化論的な考え方を公然と表明していた。
ダーウィン以前の体系的な進化論者として特筆すべきは、エラズマス・ダーウィンとラマルクである。エラズマスは、チャールズの祖父で、著書「ズーノミア」(1794~96)において、フィラメント状の原始生物からすべての動物が進化したことを明確にのべたが、進化の要因を環境の変化に対する動物の反応にもとめていた。ラマルクの進化論は、著書「動物哲学」(1809)にのべられていて、それによれば、生命は常に自然発生しており、その内在的な能力によってしだいに成長・複雑化していくという。さらに、環境への適応としてつかわれる器官が、獲得形質の遺伝を通じて発達することによって、生物の多様性がますと考えた。後世、この後者の点のみが強調されることになり、ラマルク説=獲得形質の遺伝とみなされるようになった。