西洋音楽
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西洋音楽
IV. 中世後期

14世紀初め、音楽の様式に大きな変化が生じる。新しい様式は、フランスの司教フィリップ・ド・ビトリによって「アルス・ノバ(新芸術)」と名づけられた。ビトリ自身、アルス・ノバの主要な作曲家のひとりであった。アルス・ノバ様式の音楽は、人間の多様な個性と創意を尊重しはじめたヨーロッパの新しい気風を反映して、前代の音楽よりも複雑になった。ビトリはまた、リズムをしめすことができる新しい記譜法、すなわち定量記譜法を体系化した。この記譜法では、現在の記譜法のように拍子記号が使用された。この結果、14世紀の作曲家はリズムの扱いにより大きな自由を獲得する。

アルス・ノバの音楽は、さまざまな側面で従来になかった複雑さをみせた。たとえば、リズム・モードの原理を拡大して多数の音をくみあわせたリズム・パターンを使用し、それを楽曲の1声部もしくは複数の声部でくりかえし反復する技法を開発した。この技法はアイソリズム(ギリシャ語で「等リズム」の意味)とよばれる。アルス・ノバの作曲家はアイソリズムの1声部を土台として、その上にいくつもの旋律を重ね、こみいった多声構造の大曲を作曲した。土台となる基本声部には通常、グレゴリオ聖歌がつかわれた。こうした借用旋律のことをカントゥス・フィルムス(定旋律)という。アイソリズムの原理がもっとも盛大に活用されたジャンルは、宗教声楽曲モテットである。14世紀のモテットの中には、複雑な多声構造にくわえて、各声部がことなった歌詞を同時にうたうものもある。

ミサ曲も、アルス・ノバの時代に複雑化した。1300年以前のミサ曲は多声楽曲であることがめずらしく、たとえ多声曲であってもミサの一部をバラバラに作曲していた。14世紀になってはじめて、ミサ通常文(毎日のミサでかわることなく使用される文)の5つの部分(キリエ、グロリア、クレド、サンクトゥス、アニュス・デイ)が、ひとまとまりとして作曲されるようになった。これをこころみた最初の作曲家は、フランスのギヨーム・ド・マショーである。ただし、彼のやり方にならう作曲家は、15世紀になるまでいなかった。

世俗音楽に関心をむけたことも、アルス・ノバの際だった特徴だった。その時代の代表的作曲家が宗教音楽のみならず、世俗音楽を作曲するようになったのは史上はじめてのことである。13世紀のトルバドゥールやトルベールのうたっていた単旋律の歌が、14世紀の作曲家によって2声ないし3声のシャンソンにつくりかえられた。シャンソンでは、歌詞を1行ずつ反復してうたい、その反復パターンが音楽の構造をも形成した。フランスではロンドー、ビルレー、バラードの形式がひろくもちいられ、イタリアではマドリガーレ、カッチア、バラータがこのまれた。当時のイタリアで最大の作曲家は、フランチェスコ・ランディーニであった。