社会心理学
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社会心理学
IV. 社会的認知

われわれは、尊敬の念など好意的感情をいだいている人の振る舞いは、たとえそれがふつうの人の振る舞いよりもゆっくりしたテンポであっても、かえって威厳のある気品にみちた振る舞いとうけとめやすい。逆に否定的感情をいだいている人の振る舞いの場合には、それが同じようなゆっくりしたテンポであっても、のろくさく、いらいらさせるものとうけとめやすい。つまり、われわれは行為そのものを認知するというよりも、ある社会的な枠組みないし「色眼鏡」をとおしてそれを認知する傾向にあるということである。社会心理学では、これらの問題領域はかつては「社会的知覚・判断」という文脈で理解されることが多かったが、近年の認知科学の発展とともに、今日では「社会的認知」という文脈で理解されるようになってきた。以下にこの領域を概観してみよう。

1. 対人認知

アッシュによれば、被験者に「知的で勤勉で決断力のあるあたたかい人」と「知的で勤勉で決断力のあるつめたい人」をそれぞれイメージしてもらうとき、2人の人物の違いは「あたたかい・つめたい」の違いでしかないのに、実際には前者は「かしこい人」、後者は「抜け目のない人」と、被験者にはかなりちがったイメージでうけとめられるという。この種の研究は印象形成とよばれ、対人認知研究の先駆けをなすものであった。近年では、その人をどのような人物であると認知するかという対人認知の問題は、スキーマ(知識の枠組み)やヒューリスティクスという認知心理学の基本概念にてらしてふたたびとりあげられるようになってきている。

ある人が「あたたかい人」だといわれるとき、われわれは「あたたかい人」といわれる人物についての既得のスキーマをよびおこし(これは知識や体験にもとづいて形づくられたものである)、それを枠組みにしてその人を認知したり判断したりしやすい。同様のスキーマとしては、「スポーツマン・タイプ」「学者タイプ」「芸術家タイプ」などがある。これらのスキーマが各人に共有されていることによって、このスキーマを喚起するような人物評があたえられれば、われわれは比較的似かよった対人印象を形成できるということになる。こうしたスキーマは、人物評に関するものにとどまらない。自己概念を構成している「依存的・独立的」「社交的・内閉的」といった次元に関する知識(自己スキーマ)も、それを所有していれば、なんらかの対象があたえられたときにそれに関連した情報がすばやく有効に処理できることになる。

これに近いのは教師、医者、看護師、警察官、バスの運転手など種々の職業や社会的役割に関するスキーマで、役割スキーマまたは役割ステレオタイプとよばれる。これも獲得された知識にもとづくもので、これをもつことによって対象となる人物の職業が特定されれば、このスキーマが作動し、それが枠組みになって対人認知がなされやすくなる。

さらに、結婚披露宴や葬式、あるいはレストランでの食事場面など、社交の場にはさまざまなひとつながりの型にはまった行動連鎖があり、これについての知識を事象スキーマないしスクリプトとよぶ。たとえば結婚披露宴では、式場に到着してから、あいさつ→お祝い渡し→記帳→着席→仲人あいさつ→来賓祝辞、等々の定型的連鎖があり、レストランでは、テーブルへの案内→メニューの受け取り→食事内容の決定→オーダー→ナプキン→前菜、等々の定型的な連鎖がある。こうした事象スキーマ(スクリプト)をもっていることによって、われわれは人がその場でどのようにふるまうのかほぼ予測することができ、当該人物に関する認知をすばやくおこなうことができる。

このように、社会的に獲得された知識としてのスキーマが枠組みないしフィルターとしてはたらき、さらにこれら抽象度のことなるスキーマをどのように重みづけて作動させるかによって、その個人をどのような人物と認知するかが方向づけられる。

2. 社会的判断と原因帰属

S.ティボーとH.リーケンによれば、ある人が献血をうったえ、ひとりの紳士とわかいひとりの学生がそれに応じてくれたとき、献血をうったえた人は、結果がそのようになった理由を、紳士の場合には自分の説得力よりもその紳士の人柄のよさに帰属させ、わかい学生の場合には自分の説得力に帰属させる傾向にあったという。この簡単な実験には、相手の社会的地位に関する社会的判断(認知)と原因帰属という2つの問題がふくまれている。前者については、「紳士とはこういうもの」「学生とはこういうもの」というもっともに思える認知の枠組み(先のスキーマと同様の枠組み)がはたらいていたと考えられる。これは具体的個人のもつ多様な情報をすべて考慮にいれずに、簡略な手掛かり情報にもとづいて判断をくだす方略である。これはいつも成功するとはかぎらないが、経験則としては成功する確率の高い方略だといえる。認知心理学ではこうした方略を「ヒューリスティクス」とよんでいるが、社会心理学においても、社会的判断や認知はこのヒューリスティクスにもとづいてなされていると考えられるようになった。

後者の原因帰属とは、ある結果がえられたときに、個人がそのような結果がえられた理由を自分なりに説明しようとこころみることをいうもので、ハイダーが最初に提唱した。文字どおりには、ある結果になったその原因をなにかに帰属させるということであるが、帰属する本人に即して考えれば、自分なりの「納得の様式」をつくる試みであるといってもよい。先の例では、説得の成功を、紳士の場合には紳士の人柄という説得者の自己の外部に帰属させ、学生の場合には自分の説得力という説得者自身の内部に帰属させているのに注意しよう。

ハイダーによれば、成功と失敗に関する原因帰属は、行為主体の能力、課題の難易度、努力、運の4つがおもな要因になるという。ワイナーはハイダーのこの考えを基礎に、原因の所在の次元として内的・外的を考え、また原因の安定性の次元として安定・不安定を考えて、これらの次元をくみあわせた。つまり、能力は内的で安定した原因、課題の難易度は外的で安定した原因、努力は内的で不安定な原因、運は外的で不安定な原因である。ワイナーによれば、人は成功や失敗の原因をどの次元に帰属させるかによって、その時にどのような感情を経験するか、将来において同じような事態にでくわしたときにどのような予測や期待をもつかがことなってくるという。

たとえば、成功を内的要因に帰属できれば喜びは大きいだろうし、外的要因に帰属せざるをえないとすれば、喜びはたいしたものではなくなるだろう。失敗を運がわるかったとか、課題がむずかしすぎてだれにもできなかったなどと、外的要因に帰属できればその深刻さはへるが、もしもそれを自分の能力など内的要因に帰属せざるをえないとすれば、その失敗は深刻なものとなるだろうし、同じような事態に直面すれば、また失敗すると予想せざるをえなくなる。それゆえにまた、成功や失敗の原因が明確でない場合には、成功は内的要因に、失敗は外的要因に帰属されやすいということにもなる。

こうしてみると、社会的事象の判断や認知は、スキーマやヒューリスティクスなど既得の社会的=認知的な枠組みやフィルターを介し、原因帰属など、判断主体の内部で認知的な斉合性がえられるようなかたちでおこなわれるものだということがわかる。

帰属過程:帰属理論

3. 対人関係の認知

R.タジウリによれば、対人関係の理解には、人がだれから選択され、だれから排斥されているかの事実に関する知識ばかりでなく、むしろその人がそれをどのように認知しているかについての知識が重要であるという。またT.ニューカムによれば、AとBという2者関係において、AのBに対する魅力の認知は、事象Xについての認知や態度が両者において一致するか不一致になるかによって、魅力がます方向に変化したり、魅力がへる方向に変化したりするという。事象Xについての認知や態度が不一致であるときは、A–B–Xの系が緊張をはらんで不安定だということである。もちろん、その程度は、AにとってBや事象Xがどの程度の重要度をもっているかに依存するが、ともかくその系全体としては緊張を解消する方向に変化することが予想され、そこにAのBに対する魅力の認知の変化もふくまれてくるだろう。

これに類似した考えは、ハイダーのP–O–Xモデルによってもしめされる。ハイダーによれば、人Pが他人Oとある事象Xについて関係をもつとき、P–O、P–X、O–Xのそれぞれの関係の符号(たとえば、PとOが恋人同士であれば、その関係はプラス、Xがクラシック音楽でPの趣味がそれだとすればP–Xはプラス、Oはジャズが趣味でクラシックは趣味でないとすれば、O–Xはマイナス)の積がプラスになるように、P–O–Xの関係が変化する傾向にあるという。今の例でいえば、3つの関係の符号の積はマイナスであるから、たとえばOがXをすきになることによって、あるいはPがOをきらいになることによって、全体の積がプラスになるように、3項の関係に変化が生じやすいことが予想される。

以上のべてきたように、社会的認知は、対人認知、社会的事象についての認知や判断、対人関係の認知など、われわれの日常生活におけるほとんどすべての物事や事象の認知にかかわる幅ひろい領域を構成し、社会心理学の重要な研究テーマになっている。