社会心理学
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社会心理学
VII. 社会的影響

社会心理学の領域としての「社会的影響」は、個人のもつ信念や態度あるいは行動が他者の存在や他者とのコミュニケーションによって影響をうける過程のことをいう。「集団と個人」の項で簡単にふれた集団圧力や集団規範、「社会的態度」の項においてみた態度変化もそこにふくまれるが、ここでは同調行動、権威の服従を中心に概観してみよう。

1. 同調行動

社会問題化している「いじめ」において、クラスメートからの「しかと(無視)」がそれを身にこうむる生徒にとってじゅうぶん「いじめ」になることからもわかるように、ある集団に所属する個人にとって、ほかの成員のしめす態度や言動の影響はきわめて大きい。集団規範からの逸脱が排除や「村八分」をまねくことはいうにおよばず、集団の中でめだちすぎることも、「でる杭(くい)」とみられて、ほかの成員からなんらかの制裁をまねきやすい。視点をかえれば、これは個人の信念や態度や行動を集団の基準に合致させる方向に圧力がくわわっているということである。同調とは、そのような圧力のもとで個人がその信念や態度や行動を集団基準の方向に変化させることにほかならない。要するに、集団内では「右へならえ」の行動が生じやすいということである。

アッシュは集団圧力下における同調行動を、次のような実験をとおして明らかにした。つまり彼は、線分の長さの異同の判断をもとめるというふれこみで被験者をつのり、標準刺激と同じ長さの線分と、それより長い、あるいは短い線分を次々に提示し、被験者に標準刺激との異同をこたえさせた。被験者は8人いたが、そのうち7人はさくらで真の被験者は1人だけであった。さくらは実験者のだすサインにしたがって、全員そろって実際とはちがう長さの判断をくだすことを事前にきめてあった。このような状況下で次々に長さの判断をさせていくと、真の被験者はほかの成員の一致した判断(真実とはちがう判断)の圧力に屈してしまい、最終的には自分の判断をほかの被験者のそれに同調させてしまった。この簡単な実験は、集団圧力がいかに容易に個人の同調行動をみちびくかをしめしている。

同調にはいくつか種類がある。今の例のように、自分のくだす判断を「ただしい」とは思わないままに周囲に同調する場合を「追従」という。これはほかから罰や制裁をうけることを回避する目的で表面的に同調している場合であり、同調する個人の私的な信念や態度は変化しないことが多い。この場合の社会的影響は、個人に対して集団基準や集団規範に合致した行動をとるようにはたらいているところから、規範的影響ともよばれる。

次に、ある人を尊敬したり高く評価したりしているときに、その人物のようでありたいという他者への同一化から、おのずと自分の信念、態度、行動が変化していく場合の同調がある。さらに影響をあたえる人の主義・主張に心酔したり共鳴したりして、自分の信念、態度、行動をかえる場合の同調もある。宗教的回心などはその典型である。あとの2つは他者の意見、主張、判断、行動を参照して、自らの信念システムを変化させ、自らがより適切な判断や行動をするように変化することである。そこから、これらは情報的影響ともよばれる。

2. 権威への服従

集団圧力のもとで同調を余儀なくされる場合でも、個人はその集団にはたらいている目にみえない規範的な力を感じておのずから同調するのであって、命令されてしたがっているわけではない。これに対して、軍事下における上官からの命令のように、強大な権威や権力を背景に有無をいわさず服従を強いられる場合もある。ナチスのユダヤ人強制収容所において大量虐殺の命令にしたがった部下の例がその典型である。この場合のように、個人の信念とは矛盾する命令を上官からうけ、しかもその命令の拒否が自らの存在をあやうくするというようなとき、個人はどのように考え、行動するのだろうか。

これに関してS.ミルグラムは次のような実験をおこなっている。すなわち、「学習におよぼす罰の効果」をしらべるという名目で被験者があつめられ、学習者になる人と、教師役になる人にふりわけられるが、学習者は実はさくらである。教師役の真の被験者は、学習者がまちがえるたびに、罰として15~450Vまで30段階あるスイッチを1段階ずつあげて電気ショックをあたえるようにいわれる。実験者は教師役の被験者の背後にすわって実験経過をみまもっている。被験者がスイッチを操作しても実際に電気がおくられるわけではないが、さくらの学習者は、あたかも電気ショックが実際にあたえられたかのようにうめいたり、身をよじったり、抗議したり、さけんだりする。教師役の被験者が電圧をあげるのをためらったり実験をやめたいといいだしたときには、実験者は頑として実験をつづけるように説得し、それでも被験者が実験の継続を強く拒否した場合に、ようやく実験がうちきられることになっている。

実験の結果はおどろくべきもので、200Vまでは被験者全員がスイッチをあげ、そして3人に2人の被験者は、強い心理的葛藤(かっとう)にさいなまれながらも、結局は最高の450Vの電気ショックをあたえた。この実験結果は学習者の声がすぐ隣からきこえ、しかしそのようすはみえないという条件下でえられたものである。学習者がそばにいてみえる条件や、教師役が学習者の腕をおさえながら電圧をあげる条件についていえば、最大目盛りまであげる被験者の比率はかなりさがったとはいえ、やはりかなりの被験者が(腕をおさえる条件では30%)450Vまで電気ショックをあたえつづけた。

この実験は、いったん命令システムにくみこまれてしまうと、人は心理的葛藤があっても命令された役割行動を実行してしまう傾向にあることをおしえている。その場合、人は最終責任を命令をくだす人に帰属し、自分は命令されたものを実行したにすぎないと考えて責任を回避したり、自分は命令者の代理人になったにすぎないと思いこんだりする。そして命令者の言動にだけ注意をこらし、犠牲者には注意をむけなくなっていくのである。

3. 返報性

これも規範的な社会的影響力のひとつと考えられる。われわれは他者からなにかよいものをもらったり、価値あるものをうけとったりした場合、応分の「お返し」をしなければならないと考えるし、逆に他者になにかをあたえたり価値あることをほどこした場合には、相手からなんらかの「お返し」がきて当然という期待をもつ。このように、対人関係の中でギブ・アンド・テイクの収支をたもつように動機づけられることを返報性の規範とよぶ。この規範は人に強い心理的圧力と感じられ、その結果、人の行動に強い影響力をおよぼす。そこから逆に、この心理的圧力を利用して他者の行動を自分の意図した方向にみちびくようなこともおこってくる。恩恵をあたえたり恩義を売ったりして、その「お返し」として相手から期待していた行動をひきだすという場合である。

あからさまな恩恵や恩義でなくとも、自己開示のような一方からの働きかけでさえ、対人関係の中では開示をうけた相手の「返報性の規範」を刺激し、相手からの開示がおこなわれやすくなる。そうしてみると、この返報性は個人の行動におよぼす影響としてはかなり強力なものであり、日常の対人関係をかなりの程度支配しているものだといってよいだろう。