分光学
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分光学
VIII. ニールス・ボーアの業績

初めのうち、スペクトルとは、イギリスの物理学者マクスウェルの電磁気理論にもとづいて、原子の中の軌道をめぐる電荷をおびた微粒子が放射するものと考えられていた。しかしデンマークの物理学者ニールス・ボーアは1913年にこれを否定し、古典的な理論とプランクの量子論とをむすびつけて新しいモデルを提案し、水素原子が放射するスペクトルについての一般式をしめした。

この式は、バルマー線を説明できただけでなく、紫外線および赤外線領域のほかの系列のスペクトル線をも正確に予言し、のちに予言どおり発見されている。バルマーの式は、ボーアの式の特殊な場合にあたる。

ボーアは、正の電荷をおびた陽子の周りを、負の電荷をおびた電子が回転している水素原子が、こわれないで存在していることから、原子の安定にかかわるある基本的な長さをとりいれる必要があると考えた。

そのような長さは電子の電荷e、質量mのみの数式ではあらわせないため、もうひとつの基本的な定数をいれることを提唱した。これにはプランク定数hをつかうことに気づき、長さをあらわす次の式が提案された。

式による長さの値は10-8 cmとなり、これは水素原子の半径にあたる。そこでこの値は、ボーア半径またはボーア第1軌道半径とよばれている。

1. 量子論

量子論は、それまでの理論とはまったくことなる革新的な考え方をもたらし、軌道の動きをhを単位として量子化したのである。すなわち、hより小さな動きはないとした。

こうしてボーアは、水素原子の安定を説明するために、第1軌道の最初のものに1単位をわりあてた。したがって、それよりも小さな軌道は存在しないことになった。次に、電子が陽子からはなれるにつれて、1つ前の軌道よりもhだけ高いエネルギーをもつ軌道をとりうる、と仮定した。2番目の軌道は2h、3番目の軌道は3hのエネルギーをもつということである。nを整数とすると、n番目の軌道はnhであり、n番目の軌道の半径は次の数式であらわせる。

古典的力学では、円軌道をめぐる粒子の運動エネルギーと位置エネルギーとの合計は負の値をとることがわかっていた。軌道の負の位置エネルギーが、正の運動エネルギーよりも大きいからである。

エネルギーの合計は、軌道の半径に反比例する。そこでボーアは、単位をあわせるために半径の逆数に負号をつけたものにe²/2をかけて、n番目の軌道をめぐる電子のエネルギーを次のようにあらわした。

電子がn番目の軌道からk番目の軌道へとうつるときエネルギーの変化は

または
となる。この変化によって、光子というエネルギー粒子が1つ発生または吸収されるのである。knよりも大きいときに光子は吸収され、knよりも小さいと光子が発生する。

上の数式を光子のエネルギーhc/λと等しいとおくことによって、電子がnからkの軌道にうつるときに生じる光子の波長λの逆数がもとめられる。

このうち
の量は、スウェーデンの物理学者リュードベリの名をとって、リュードベリ定数Rとよばれている。kを2とすると、この式はバルマーの式とまったく同じものとなり、nを3、4、5と順にあげていくと、バルマーのスペクトル線がすべてもとめられる。これは、電子が高い軌道から2番目の軌道にうつるときのエネルギーである。

2. スペクトル線系列

kを1とおいて、nの値を2、3、4とあげていくと、電子が高い軌道からもっとも低い軌道にうつるとき、紫外線領域にみられるライマン系列というスペクトル線の波長になる。そのほか赤外線領域にあるパッシェン系列、ブラケット系列、プント系列とよばれるスペクトル線も、kをそれぞれ3、4、5とおき、nkより大きな整数の値をあたえることでえられる。

これらのスペクトル線の系列で、水素原子のスペクトルがなりたっている。しかしボーアの式であらわされるのは、スペクトルのうちおもな部分だけである。くわしく分光分析をすると、もっと細かいスペクトル線があり、それは3つの細かい構造からきている。電子軌道の楕円率、電子のスピン、陽子のスピンである。

実際には、たまたま電場や磁場が生じてしまうことや、また水素といっても通常は水素原子だけではなく重水素や水素分子がまざっていることを考えにいれなければならない。さらに、すべての粒子がでたらめに動きまわっているので、大小のドップラー効果があらわれる。これらの現象がすべてスペクトル線に影響するため、観察されるスペクトルは、理論で予想されるよりも複雑である。

蛍光、リン光(燐光)という発光現象は、特定の波長の光子が吸収されたあとに、それより長い波長の光子が放出されるためにおきる。蛍光でもリン光でも、光源から吸収された光子が、基底状態(もっとも低いエネルギー状態)にあった電子にエネルギーをあたえ、より高いエネルギー状態にもちあげる。

もちあげられた電子はより低いエネルギー状態へとおちるが、すぐには基底状態にもどらないため、吸収した光子よりも波長の長い光子を放出するのである。蛍光では、吸収と放出とが急速におこるので、光があたっている間しかつづかない。リン光では光子の放出がゆっくりとおこり、光源がきえてからも長くつづく。

ナトリウム原子は水素原子よりも複雑なスペクトルを生じる。ナトリウムは、軌道電子を11個もっている。内側に2個、その外側に8個、いちばん外側の軌道に1個である。ナトリウムのスペクトルを電気火花で発生させると、これらの電子がすべてスペクトル線をつくる可能性がある。アークや炎で発生させると、いちばん外側の電子だけがおもにスペクトル線をつくり、水素原子の電子と同じような動きをする。ただし、それより内側の10個の電子と相互作用をするために、動きがより複雑になる。

さらに、電子が軌道をうつるだけでなく、軌道ごとに離心率がことなることがあり、またそれぞれの軌道においても、電子はことなる軌道磁気モーメント(磁気モーメント)や角運動量をもつことがある。これらの違いによって、いくつかの系列のスペクトル線ができたり、わずかしか波長のかわらない2重線、3重線ができたりする。ナトリウムの重要なスペクトル線は、S線、P線、D線、F線、G線、H線などとよばれている。

3. 分子のスペクトル

原子の構造について物理学が手にいれた情報のほとんどは、分光学によるものである。同じように分子のスペクトルも、分子の構造をとき明かす役にたった。分子のスペクトルは、帯スペクトルとなる特徴がある。つまり、スペクトル線ではなく、連続スペクトルの一部のような幅のひろい明るい帯が、暗い部分の間にいくつかみえるようなスペクトルなのである。

帯は実際には連続ではないので、高精度の分光器をつかうといくつもの線にわけることができる。線の間隔は、スペクトルが回転によるものか振動によるものかでかわる。回転のエネルギー状態は少しの変化でも、間隔がせまくなる。したがって、回転のスペクトル帯は線がぎっしりつまってすきまがない。

振動のエネルギー状態は変化の幅が大きく、スペクトル帯は線のすきまがひろくなる。分子の電子のエネルギー状態がかわるときは、分子スペクトルにあらわれる線のすきまがさらにひろくなる。それ以外の帯は最高精度の分光器でも線に分離することはできず、連続的にエネルギーが吸収・放出されていると思われる。