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| II. | 歴史的発展 |
19世紀の最初の四半世紀に、原子論を確立するもととなるさまざまな発見がおこなわれた結果、科学者たちは当時すでに知られていた元素について、その原子の相対的な重さを決定することができるようになった。この時代に、イギリスの化学者デービーとファラデーによってもたらされた電気化学の発展によって、さらに多くの元素が発見された。1829年までにはかなりの数の元素が発見され、ドイツの化学者デーベライナーは、ひじょうによく似た性質をもった元素が、たとえば「塩素、臭素、ヨウ素」、「カルシウム、ストロンチウム、バリウム」、「硫黄、セレン、テルル」、「鉄、コバルト、ニッケル」といったように、3つずつ組になってあらわれることを発見した。しかし、この時代に知られていた元素の数がかぎられていたことと、原子量と分子量の区別についての混乱があったために、化学者たちはデーベライナーの「三つ組元素」の重要性を理解できなかった。
1859年にドイツの化学者ブンゼンと物理学者キルヒホフが、分光光学の化学分野への応用を確立すると、さらに多くの元素が発見されるようになった(→ スペクトル)。60年に化学国際会議がはじめて開催されたとき、イタリアの化学者カニッツァーロは、元素のうちのあるもの、たとえば酸素は2原子からなる分子をもつ、という事実を明らかにした。これによって、化学者たちは整然とした元素の一覧表をつくることができるようになった。
このような発展の結果、さまざまな元素の性質の相関性をみいだそうとする新たな試みが盛んになった。1864年、イギリスの化学者ニューランズは、原子量の小さいものから順に元素をならべていくと、一連の性質が8つ目ごとに繰り返しあらわれることに注目した。彼はこの周期的なくりかえしを、音階になぞらえてオクターブの法則と名づけた。しかしニューランズの発見は、当時の化学者たちの関心をよばなかった。これはおそらく、観測された周期性が当時知られていたほんのわずかな元素にかぎられていたためであろう。