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青磁
I. プロローグ

青緑色の釉薬のかけられた焼き物。釉薬の中に2%前後ふくまれる鉄分が還元炎焼成によって青緑色に発色する。通常は1200°Cから1300°C近くの高温で焼成される。青磁の素地(きじ)は磁器を基本とするが、鉄分を多くふくむ褐色のものから鉄分をほとんどふくまない白磁胎まで幅広い。中国の青磁には黒褐色の素地に不透明の青磁釉がかったものがある。青磁の色調は、釉薬中の鉄分と素地にふくまれる鉄分によって微妙に変化する。また焼成中の窯内の酸素の増減によっても大きく影響される。釉中に鉄分が1%程度の場合は、還元炎焼成であれば青白色の釉薬となり、この焼物を青白磁とよぶ。

II. 中国

青磁の起源は殷時代の前14世紀ごろとされる。このころの青磁は高温焼成であっても素地は磁器ではなく、釉薬は灰黄色や灰緑色であり、これらは原始青磁と称される。1、2世紀の後漢時代になると、浙江省を中心として本格的な青磁が焼かれるようになる。これらは「古越磁(こえつじ)」とよばれている。さらに8世紀末には浙江省の越州窯青磁があらわれる。このころから中国の青磁は国外へ広く輸出されるようになり、日本をはじめ朝鮮半島、東南アジア、中近東まで分布した。中国の青磁は宋時代にピークをむかえ、汝官窯(じょかんよう)、東窯、南宋郊壇官窯などの官窯ですぐれた青磁が焼かれた。また竜泉窯は南宋以降中国青磁の中心地としてさかえた。日本にも大量にもたらされ、「万声」や「馬蝗絆(ばこうはん)」などの名品が伝世している。

III. 朝鮮

朝鮮では11世紀ごろに、灰色の素地で透明度のある青緑色の釉薬のかかった高麗青磁が生まれた。12世紀をピークとし、13世紀までみられるが、その後は白磁へとうつりかわった。高麗青磁は、肩がまるくふくらみ、裾(すそ)が細くなった独特の形の梅瓶(めいぴん)とよばれる瓶(へい)や、香炉、水注などにすぐれた作品がある。技法は線彫りや白黒の象嵌文に特徴がある。

IV. 日本

日本の青磁は17世紀初頭に肥前(佐賀県、長崎県)で磁器の生産がはじまったころに出現する。素地が磁器でなく釉中の鉄分が青緑色に発色した灰釉陶器は古瀬戸などにみられるが、磁胎の青磁は肥前が最初である。17世紀は有田(佐賀県)や波佐見(はさみ。長崎県)などで各種の青磁がつくられ、17世紀末から18世紀にかけて大川内(おおかわち。佐賀県伊万里市)で中国の砧青磁(きぬたせいじ)に近い釉薬のうつくしい青磁が生まれた。19世紀になると有田のほか京都、三田(兵庫県)、王地山(兵庫県)、瑞芝(ずいし。和歌山県)、湖東(滋賀県)、瀬戸(愛知県)などで各地の原料をもちいた青磁が焼かれた。日本の青磁は中国の強い影響をうけたため類似のものが多くつくられたが、青磁と染付をくみあわせた青磁染付や、青磁釉と瑠璃釉(るりゆう)、銹釉(さびゆう)などをとりあわせて装飾する釉彩などに日本独自の青磁の展開がみられる。