オスマン帝国
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オスマン帝国
II. 帝国の拡大と繁栄

初代君主オスマン1世(在位1299~1326)は、ビザンティン帝国を圧迫し、自国の領域を拡大したが、第4代君主バヤジト1世(在位1389~1402)が、1402年のアンカラの戦でティムールにやぶれ、王朝は一時滅亡の危機にみまわれた。復興後の53年、メフメト2世(在位1444~46、51~81)ひきいるオスマン軍はコンスタンティノープル(イスタンブール)を占領、ビザンティン帝国をほろぼした。さらに、第9代君主セリム1世(在位1512~20)は、1517年にシリア、エジプトを征服してマムルーク朝をほろぼし、メッカ、メディナの管理権を掌握することによって、イスラム教徒の保護者としての地位を確立した。

16世紀、第10代君主スレイマン1世(在位1520~66)の治世に王朝は最盛期をむかえ、ハンガリーを服属させたのにつづいて、1529年にはウィーンを包囲し、ヨーロッパ諸国をおびやかした。以後バルカン、東欧、アフリカ北岸、イランをのぞく西アジアに領土は拡大された。国内ではティマール制(軍事封土)と官僚制を基礎にスルタンを中心とした中央集権的帝国を樹立し、経済、文化も発展した。ビザンティン帝国を滅亡させて改名し新首都としたイスタンブールは中継貿易により繁栄した。スレイマン1世は36年にフランスにカピチュレーション(通商特権)をあたえ、その特権はその後イギリス、オランダにもみとめられた。