ルネサンス
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ルネサンス
II. 概念とその再検討

ルネサンスという言葉は、フランス語で「再生」を意味し、最初に使用したのは、19世紀のフランスの歴史家ミシュレであった。ついでスイスの歴史家ブルクハルトが、イタリアにおけるジョットからミケランジェロまでの時代をえがいた「イタリア・ルネサンスの文化」(1860)の中でルネサンスの概念を確立した。神にのみ目がむけられ、文化の発展が低調であった暗黒の中世から人間性が尊重される合理的なギリシャ・ローマ時代の古典文化をよみがえらせ、近代にむけて大きくヨーロッパ文化の潮流を転換させたものとされたのである。

今日では、ミシュレやブルクハルトの見解がそのまま承認されているわけではない。第1に、ギリシャ・ローマの文化は、中世の時代にほろび、断絶したわけではなかった。西ヨーロッパにおいては、5世紀の西ローマ帝国の崩壊ののち、古典文化は直接的には継承されなかったが、15世紀まで存続したビザンティン帝国や、またイスラム圏においては、ギリシャやローマの文化はうけつがれていた。その意味では、19世紀のルネサンスのとらえ方は、西ヨーロッパの人々の、自分たちだけを文化の担い手と考える偏狭なものの見方の反映であった。

第2に、ヨーロッパ中世は、かならずしも暗黒の時代ではなく、また文化的にレベルの低い時代でもなかった。現在では、カール大帝の時代にカロリング・ルネサンスとよばれる文化の発展があったことや、12世紀ルネサンスとよばれる活発な知的活動の時代があったことが確認されている。なによりもルネサンスそれ自体が、中世の文化的発展の積み重ねのうえに展開されたものだった。ルネサンスの思想家の知的活動の基礎は、トマス・アクィナスの壮大な神学の大系やスコラ哲学などの中世の精神活動であったし、またアリストテレス学派とプラトン学派の流れは中世をとおしてつたえられていた。

第3に、20世紀になってから、ルネサンスの中には、19世紀に考えられていた以上に、はるかに強くキリスト教文化の影響がみられ、また魔術などの非近代的な要素が濃厚であることも確認されている。ルネサンス期の学術上の発見の担い手の中には多くのキリスト教の聖職者がおり、彼らは神の意志をよみとるために、人体や天体の仕組みを観察したのだった。そして、ルネサンスの第1級の学者たちが魔術や錬金術などにとりくんでいた。

それにもかかわらず、14世紀以降のイタリアや西ヨーロッパ諸国に出現した文化には、中世の文化にみられるものとはまったく異なる要素をみることができる。その意味では、ルネサンスの時代の文化を、それ以前と異なるものとして考えることは可能である。