| ルネサンス美術 | 項目ビュー | ||||
| 印刷するには、[ファイル] メニューの [印刷] をクリックします。 | |||||
| III. | 北方ルネサンス |
ドイツ、オランダ、イギリスなどアルプス以北のヨーロッパでは、後期ゴシック美術の典型的な特徴がのこっていたが、同時にイタリアに端を発するさまざまな発見や人間と世界に対する態度の変化もおこった。
15世紀の初期作品は、イタリアで制作されたものよりサイズがかなり小さい。ランブール兄弟による細密画「ベリー公のいとも豪華なる時祷(じとう)書」のように、ある程度の写実性と、当時のイタリアにはみられない細部描写が特徴である。また月暦図では、いちはやく細かな風景描写がなされている。
| 1. | フランドル、オランダのルネサンス美術 |
北方ルネサンス絵画は、フランドルの画家ヤン・ファン・エイクによって創始された。ヤンはランブール兄弟の写実性とカンピンの光の表現を発展させ、高度な技巧をつかいこなして、同時代のイタリアの画家マサッチョに匹敵する存在だった。
「ヘントの祭壇画」(1432年完成)は観音開きの多翼祭壇画で、両扉の裏表に絵がえがかれ、扉をあけると中央に2段にわかれた板絵がはめこまれている。ヤンの兄フーベルトも制作にかかわっていた。祭壇画中央の下段には、天国をあらわす風景の中に大勢の人物をえがいた「子羊の礼拝」がある。上段にはローマ教皇の三重冠をつけた玉座の父なる神と、その両わきに聖母マリア、洗礼者ヨハネがえがかれている。ヤンは、この作品で目にみえる世界をするどく観察し、直観的に線遠近法を考案し、風景表現の一部に最小限の空気遠近法をもちいた。
また静物表現の重要性にも自覚的で、なんでもないような個々のモティーフを1つの体系的な意味にまとめあげた。ヤンをはじめとする15世紀の北方の画家たちの大部分は、同時代のイタリアの画家とことなり、古典古代とのつながりはなかった。
15世紀半ばのイタリア人は、ヤンをもっとも重要な画家とみなしていた。イタリアの銀行家の結婚式をえがいた「アルノルフィーニ夫妻」(1434)では、夫婦の背後の壁にかかった凸面鏡に画家自身の姿がうつり、鏡の上にはサインと日付が書かれている。この非凡な画家は理想化をしない、きわめて写実的な肖像画もえがいた。
フランドルのトゥルネー出身の画家ファン・デル・ウェイデンは、1450年にイタリアに旅行をし、作品はイタリアで高い評価をうけ、フェッラーラ派に影響をあたえたとつたえられる。ルーバンの同業者組合のために制作された代表作「十字架降下」(1439~43)では、顔の表情とよじった身体によって、当時のイタリア美術にはみられない悲しみの表現がされている。人物たちは絵の前面にすきまなく平面的にえがかれている。ヤン・ファン・エイクと同じく、モデルの感情を表現したすぐれた肖像画をえがいた。
次世代のフランドルの画家たちは、ヤン・ファン・エイクやファン・デル・ウェイデンの影響、あるいはその折衷様式をしめす絵画を大量に制作した。その中で最良の画家は、イタリア以外で最初に遠近法をもちいたバウツである。
ファン・デル・フースは、個人的で感情的な要素を宗教画の中にえがきこみ、ヤン・ファン・エイクとファン・デル・ウェイデンの特徴をむすびつけた。代表作「ポルティナリの祭壇画」(1476?)は、フィレンツェ人によって制作を依頼され、1480年ごろイタリアにはこばれた。この大画面の板絵は到着と同時に、緊張感ある表現によってフィレンツェの画家たちの間で大評判となった。彼らは地面にねかされた幼子キリストや静物の写実的な表現におどろいたにちがいない。
メムリンクはドイツで生まれたが、オランダとフランドルで絵の修業をおこない、生涯のほとんどをフランドルのブルッヘ(ブリュージュ)ですごした。とくに革新的な画家ではなかったが、熟練した腕前をもっていた。
ボスはきわめて独創的な画家で、フランドルの伝統的な絵画からほとんど影響をうけなかった。罪と贖罪を幻想的にあらわした「快楽の園」(1510~15?)では、現実にはありえない架空の世界がくり広げられ、天国、地獄、現世が奇怪なイメージでえがかれている。
こうしたボスの独創性はブリューゲルにうけつがれる。彼の版画連作「7つの罪源」(1557)の幻想的なイメージはボスから強い影響をうけている。ほかの画家たちがイタリア美術を模倣していたときに、ブリューゲルはオランダ、フランドルの様式を忠実にまもりつづけ、主題にことわざをとりあげたり、ユーモアのセンスのある風刺のきいた絵や版画を制作した。
オランダ、フランドルのマニエリストには、ベルナルト・ファン・オルレイ、ルーカス・ファン・レイデン、ヤン・ファン・スコレルなどがいた。彼らはミケランジェロとラファエロの作品を版画や実物をみて知っていた。またドイツの画家デューラーは、イタリアと古いオランダの様式をむすびつけるのに貢献した。
北方ルネサンスの彫刻家は、画家ほど革新的ではなく、それ以前のゴシック美術と強くつながっていた。建築様式もルネサンスの影響は少ないと考えられている。
| 2. | フランス・ルネサンス美術 |
フランス人は、イタリアでおこった芸術上の革新を徐々にうけいれた。16世紀初めに、多くのイタリアの芸術家たちが国王フランソワ1世の宮廷で仕事をはじめ、ルネサンス様式がとりいれられた。1516年にフランソワ1世によってフランスにまねかれたレオナルド・ダ・ビンチはすでに老齢で、重要な作品を生みだす前に他界してしまった。フォンテンブロー宮殿で制作された作品がフランス・ルネサンス美術の中心となった。
| 3. | ドイツ・ルネサンス美術 |
ドイツ美術はゴシック様式とのつながりが強かったが、多くの芸術家はそれを新しいルネサンス様式にうまく融合させていった。コンラート・ウィッツはその代表的な画家のひとりである。「湖の上を歩くキリスト」として知られる「奇跡の漁り」(1444)は、大祭壇画の一部で、アルプス山脈のようなスイスの景色がみごとにえがかれており、彼が最新のフランドル絵画を知っていたことがわかる。しかしドイツはイタリアの様式をすぐにはうけいれなかった。ドイツはこの時代に、書物の出版と版画の分野ですぐれた作品をのこしている。
ドイツをルネサンス美術の主流へとおしあげたのは、画家・版画家のデューラーである。神童とうたわれ、金銀細工師として修業しはじめ、ほどなく出身地のニュルンベルクで画家・版画家として独立する。彼の様式は「大受難連作」「小受難連作」「聖母の生涯」の3種類の大版画連作によってヨーロッパじゅうに広まった。遠近法に多大な関心をよせ、あらゆる知識を身につけ、1494年と1505~07年の2度にわたってイタリアをおとずれている。人文主義者や哲学者たちとしたしくまじわり、キリスト教の主題だけでなく寓意や古代神話から題材をとった版画も制作した。何度も旅行にでかけたが、1520~21年のフランドルとオランダへの旅行でつけた絵入りの日記がのこっている。
当時のイタリア人と同じく、デューラーも人間の気質論を信じ、「人体均衡論」4書(没後の1528年に出版)をあらわしている。直接古代の作品を研究したわけではなく、イタリア人の古代解釈を利用したが、裸体像の表現はあまり洗練されていない。「騎士と死神と悪魔」(1513)、「メレンコリアⅠ」(1514)などの版画にみられるように、当時これほど豊かな想像力をそなえた画家はいなかった。デューラーが肖像版画をのこした人文主義者のエラスムスは、前4世紀の有名なギリシャの画家になぞらえて、デューラーを「黒い線のアペレス」とよんで最高の賛辞をささげた。
デューラーの絵画にはしばしば多くのものがぎっしりとえがかれ、細部描写が豊かで鮮やかな色彩がもちいられている。「ランダウアー祭壇画」(1511)などがそのよい例である。彼の自画像は全作品の中でもとくに際だっている。晩年の作品「4人の使徒」(1526?)は、イタリア美術の威厳性と北方美術のはげしい表現性をあわせもっている。
デューラーはイタリアの新しい様式や思想を熱心にもとめたが、同時代のグリューネワルトは中世美術の流れにしたがい、大傑作「イーゼンハイム祭壇画」(1512?~15)を生みだした。これは3層の巨大な多翼祭壇画で、扉を開くと中央から祭壇彫刻があらわれる。扉の外側の主要場面「キリストの磔刑」は一度みたらわすれられないほど残酷な表現である。荒涼とした風景の中で、キリストははげしく身をよじって息たえており、その横でなげきかなしむ聖母マリアが福音書記者聖ヨハネにだきかかえられ、洗礼者ヨハネが証人としてたち、マグダラのマリアがなきくずれている。このひじょうに印象的で独創的な作品で、グリューネワルトはイタリアの盛期ルネサンスをへずに、ある種のマニエリスムの様式に達したように思われる。
| 4. | スペイン・ルネサンス美術 |
ルネサンス期のスペインの画家たちは、北ヨーロッパやイタリアの芸術に多くをおっていたが、それらに匹敵する新しい芸術を生みだしたとはいえない。スペイン人は、つねに他国から画家や彫刻家をまねいて重要な仕事をさせた。テイツィアーノはスペインにいなかったにもかかわらず、16世紀になってもスペインの宮廷を代表する画家とされた。
ルネサンス様式の建築は、16世紀の後半になってようやく建造された。フェリペ2世の命でマドリード近郊に修道院、神学校、宮殿、教会をふくむエル・エスコリアルが建設された。イタリアの盛期ルネサンス様式をとりいれてはいるが、荘厳で装飾のない意匠はスペイン建築の新しい様式を特徴づけている。
→ 建築:ドーム:素描:フレスコ:彩飾写本:細密画:壁画:油絵:版画:彫刻:静物画:テンペラ画:水彩画