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| IV. | 記憶過程 |
一般に記憶とは、過去におこった出来事がなんらかの形で頭の中に保持され、ある時間を経過したのちに、それが必要に応じて想起され、なんらかの形で再生される過程と定義することができる。
(1)友人とであい、1週間後に再会を約束してわかれた人が、1週間後にその約束を思いだして約束された場所にでかけるというのは、記憶の働きによる。(2)授業で学習した外国語の単語を試験にそなえておぼえ、試験の問いにこたえるというのも記憶の働きによる。(3)ある犯行を目撃した人が、かなり時間が経過したのちに、その時の出来事を証言台で証言するというのも、記憶の働きによっている。
これらの例をふりかえりながら先の記憶の定義にもどってみると、出来事がおこった過去を起点にすれば、記憶の問題は、その過去の出来事から現在の行動へ、という時間の流れに順向した過程と考えることができる。しかし、現在を起点としてこれを考えれば、記憶の問題は、今ここから時間をさかのぼり、過去の出来事にたどりつく、という想起の問題だということになる。
3つ目の証言の例などでは、過去の出来事が、客観的にどうであったかは不明であることが多いから、想起された過去の出来事にもとづく証言は、証言する主体にどれほど過去の出来事そのものの再現だと思われようとも、その主体によって「構成された」という一面をもたざるをえない。
しかしながら、エビングハウスにはじまる記憶研究の歴史は、記憶を基本的には過去の出来事を起点にした、時間に順向する過程として、研究してきたといえる。すなわち、過去の出来事(刺激)→記銘(頭にやきつける)→保持(頭の中に保持する)→想起(思いだす)→行動(反応)という時間の流れにそった過程としてである。今日の認知心理学でも、記憶の問題は、情報処理の観点から、入力(刺激)→コード化→貯蔵→検索→出力(反応)という流れで考えられている。
| 1. | コード化 |
外界の膨大な情報は、感覚器での処理を経由して、感覚記憶に一時的に保存される。その膨大な情報のうち、重要な情報だけがとりだされ、優先的に処理システムにとりこまれる。そのとりこまれた情報を、後処理が可能な表現形式に変換する過程を一般にコード化という。
| 1.A. | コード化の種類 |
今「コンピューター」という印刷された言葉をおぼえるようにいわれた人は、この刺激のどのような属性に注目して、記憶しようとするだろうか。まず第1に考えられるのは、これをよんだときの音韻の属性をそのまま頭にやきつけようとするやり方で、これは「音韻的コード化」といわれる。
次に、これを文字のかたまりとして視覚的にとらえ、それを頭にやきつけようというやり方があり、これを「視覚的コード化」という。さらにこの刺激の意味を考え、その意味として頭にやきつけるやり方があり、これを「意味的コード化」という。これらのコード化は、記憶すべき材料によって、あるいはもとめられている記憶課題によってことなることはもちろんであるが、記憶する主体のコード化の方略(ほうりゃく)や利用する文脈などによってことなってくることが知られている。
| 1.B. | 処理水準 |
クレイクとロックハートは、コード化の種類は、情報の処理の水準、ないしその深さという点で同じではなく、そのことが記憶の保持の違いになってあらわれてくると考えた。
たとえば、音韻的コード化や視覚的コード化は、刺激の属性をそのままやきつける方略であるから、「浅い」処理の水準に属し、これに対して意味的コード化は、刺激の属性ばかりでなく、その意味や文脈情報をふまえてなされるものであるから、より「深い」水準の処理に属すると考えられる。そこから彼らは、コード化における処理水準説を提唱したわけである。この仮説を支持する研究者は多く、またその裏づけとなるかにみえるデータも多数ある。しかしながら、その処理の水準ないしは「深さ」の違いを、記憶の保持の違い(テストの成績)から切りはなしてとらえることがむずかしいために、完全に確証された考えにはなっていない。
処理の「深さ」ばかりでなく、「精緻化」や「差異化」など、横の広がりにおける処理との関連も考えあわせる必要がある。さらに、コード化は、単一の次元のコード化ばかりでなく、言語的コード化とイメージ的コード化が、同時におこなわれるという二重コード化説も提唱されている。