認知心理学
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認知心理学
II. 認知革命

後者のせまい意味においてさえ、現代の認知心理学は、旧来の認知研究の直接の延長線にあるとはいいがたい。現代の認知心理学は、その新しいパラダイム(取り組み方の基本的な枠組み)において、かつての行動主義心理学(行動主義)と明確に区別され、さまざまな新機軸をふくむ新しい心理学をつくりあげ、しかもその枠組みのもとに、心理学全体をつつみこもうという意気込みをもった心理学だ、という認識があるからである。ガードナーはこれを、端的に「認知革命」とよんだ。

その「認知革命」は、第1に、従来の厳格な行動主義が、外的刺激環境とそれに対する生活体の反応だけに関心をかぎったのに対し、今日の認知心理学は、その行動主義心理学が否定し、とりあつかうのをさけた「心」や「意識」あるいは「心的表象」といった、脳の中で生起していると考えられる過程に、積極的にとりくもうとしていることである。

第2に、それにとりくむときの基本的な枠組みは、「情報処理」というコンピューター科学の基本概念にそったものであり、人間の認知の働きをコンピューターの機能と重ねあわせながら理解しようとする姿勢をもっていることである。

そして第3に、従来の心理学が個々の事実を集積して、そこからボトムアップ的に理論や仮説を構築していく姿勢が強かったのにくらべ、今日の認知心理学は、これまでの姿勢にくわえて、多数の「認知モデル」をまず構築し、そのモデルの妥当性をトップダウン的に検討するという方法でも、研究を展開するようになったことである。

このような「認知革命」をもたらした要因を考えてみよう。

1. 行動主義の行き詰まり

第1は、端的にいって従来の行動主義の行き詰まりである。

ワトソンの先鋭な行動主義宣言にはじまり、スキナーのオペラント条件付け理論によって発展をみた行動主義心理学は、およそ半世紀の間、心理学の世界に君臨したが、1950年代末になって言語学者のチョムスキーから批判をあび、それへのスキナーの反論が、どうみても有効な反論ではなかったところから、多くの心理学者が明らかな行き詰まりを感じはじめ、心理学の内部で「行動主義の限界」が指摘されるようになった。先のガードナーの「革命」という言葉にかけていえば、チョムスキーの行動主義批判は、いわば人心の動揺という「革命前夜」のエピソードだったといえる。

2. 認知過程への関心

第2に、行動主義が支配的だったとはいえ、知覚や思考の領域は行動主義と対立していたゲシュタルト心理学の影響が強く、その伝統の中で、すでに刺激と反応を媒介する過程への関心がひそんでいた。

知覚は、刺激に対するたんなる反応ではない。バッターの打ったファウル・ボールがこちらにむかってとんでくるとき、とっさにそれをさけようとする。外部からの観察だけなら、ボールの進行方向と人間のさける反応との関係しか問題にならないようにみえる。しかし、さけようとする当事者にとっては、ボールがこちらへとむかってくるようにみえる、その「見え」と、ボールがあたりそうだという一瞬の判断が、さけるという最終反応の手前ではたらいている。知覚とは、まさにその「見え」や判断など、さけるという最終反応にいたる、認知の過程を問題にすることのはずである。

あるいは、ヌホ、キハ、チトのような1系列になった十数個の無意味つづりを1つずつ何回もくりかえし提示されるのを記憶し、その提示順に1つ手前を予言するという典型的な記憶実験を考えてみよう。

そのような刺激リストを何回もみせられた被験者は、いずれは十数個からなるその系列全体を記憶し、正しく1つ手前を予言することができるようになる。このときの被験者の行動を、外部からだけしか見なければ、刺激の特徴(無意味つづりの有意味度、刺激の系列位置、刺激の個数、刺激の提示回数など)と、個々の提示位置における反応の正誤、およびその頻度との関係しか問題にならない。

しかし実際に被験者になってみると、最初のうちは頭の中が混乱して、系列の最初と最後しかおぼえられないが、何度もくりかえして無意味つづりをみている間に、語呂合わせなど、なんとか前後の無意味つづりどうしの間に関連をつける試みが思いうかび、そのような努力をしているうちに、急にその1系列が頭の中にしっかりやきついた感じがしてくる、といった経験がえられる。この被験者の内観にみられるような過程こそ、人の認知の働きにほかならない。

厳格な行動主義はこのような刺激とそれへの反応を媒介する過程を、原理的には問題にしなかった(新行動主義はこの媒介過程を問題にしようとした)。しかし、実際に実験にとりくむ心理学者は、そのデータを解釈する際に、自分が被験者になったときの経験や被験者の頭の中に生じているであろう認知のさまざまな働きを推測して、「そのような認知の過程を無視することはできない」、「その過程の働きこそが当該の現象を理解する鍵になるのだ」と感じはじめていた。

つまり、ミラーのチャンク(情報のまとまり)という考え方やブルーナーの情報処理的な概念学習の考え方、さらに知覚学習の問題などに代表されるように、1950年代の心理学自身のうちに人間の内部で進行中の過程を問題にする土壌があり、これが認知革命にいたる準備段階となっていた。これはいわば、革命前夜における旧体制の内部崩壊の兆しということができる。

3. コンピューター・アナロジー

第3は、コンピューターの登場である。かつてフロイトは、人間の心的活動のイメージを、当時の代表的な機械であった蒸気機関車にもとめたといわれるが、今日の認知心理学は人間をコンピューターになぞらえることによってなりたつといっても過言ではない。その理由は、まずコンピューターは入力情報を処理する情報処理機械であり、しかもその出力情報の精度や価値が、その処理手続き(過程)に依存するような処理機械だという点で、処理過程と人間の知の働きの過程との間に、密接なアナロジー(類比)がなりたつことである。

1956年にニューウェルとサイモンが発表した人工知能プログラムは、人間の認知とコンピューターの働きとの関係を考えるうえで、ガードナーのいう「認知革命」の始まりをつげる意味をもっていた。もちろん、人間の認知の働きとコンピューターの働きは完全に、一致するわけではない。しかし、認知心理学は、ある点で「人間をコンピューターのようにみなす心理学」なのである。

このアナロジーによって、「心的表象」という、行動主義においてタブー視された、人間の内部過程にアプローチすることが可能になった。

コンピューターの場合、入力された情報はその処理過程においてなんらかの記号(たとえば2進法の数字の組み合わせ)で表現されていなければならない。人間を情報処理システムとみなすとき、処理過程におけるその内部情報の表現は、心的表象mental representationとよばれる。それが「心」や「意識」とぴったり対応するかどうかはともかく、まず人間の内部過程に入力情報が、なんらかの変形をうけた「頭の中の記号」があるという考えがみちびかれ、それへのアプローチがはかられるようになった。

他方、コンピューターは記憶されたプログラムにそって入力情報を処理する機械であると同時に、その途中の処理過程つまり情報処理の手続きが、多数の記憶回路を利用して記憶を変換する複雑な記憶装置でもある。コンピューターと人間とのアナロジーはここにもおよんでくる。つまり、人間の知覚や思考などの認知の働きにおいても、記憶の働きが重要な意味をもち、したがって認知心理学は、ある意味で記憶を重視する心理学だという点を示唆することである。認知革命は、皮肉なことに、行動主義が主力をそそいだ学習の、裏側にある記憶の問題にその革命の突破口をみいだしたのである。

4. 脳神経科学の影響

第4は、脳神経科学など隣接領域の新しい知見が、情報処理過程の考えを助長したことである。人間の認知が脳の神経細胞間の複雑なネットワークの活動によるということは、今やだれもうたがわない。もちろん、神経細胞の働きが解明されれば心理学の問題は解決するわけではなく、そこには明らかに領界の次元の違いがある。しかし、認知の働きは、脳内過程に依存するのであるから、そのメカニズムがわかることによって、人間の認知の働きの理解がすすむことは大いに考えられる。

さまざまな認知モデルの妥当性は、脳の働きとの関連において考えられることがしばしばある。また知覚情報処理モデル自体に、認知革命の前後にヒューベルとウィーゼルが、ネコの脳の視覚受容野の研究から明らかにした、個々の神経細胞がもつ特定の形態分析機構の考え方が、とりこまれていたりするのである。

5. 認知心理学の確立

そして最後に、認知心理学の名称の出所となったナイサーの「認知心理学」(1967)の出版である。この記念碑的な本の出版は、認知革命がいつおきても不思議ではない当時の状況下において、その革命を現にひきおこし、いまだあいまいなその動きにはっきりとした方向性をあたえ、それを具体的にリードする指導的意味をもつものであった。ニューウェルとサイモンの人工知能プログラム「ロジック・セオリスト」が認知科学の幕開けをつげるものだったとすれば、上述のミラーやブルーナーの研究や、ナイサーの本の基になったスパーリングの研究などがその先駆けになったとはいえ、幕を切っておとしたのはやはりナイサーのこの著書にあったといってよい。

心理学の歴史をふりかえれば、19世紀末から20世紀にかけて活躍したブントの内観中心の心理学から、20世紀にはいると、一方には行動主義による「学習」の領域が、もう一方にはゲシュタルト心理学による「知覚」の領域が、そしてもう一方には無意味つづりをもちいたエビングハウスの「記憶」の領域が枝わかれし、それぞれ相対的に独立して研究されてきたことがわかる。ところが今やこれらの領域は、それぞれの歴史の独自性をのこしながらも、より大きな「認知」という枠組みの中で、情報処理、内的表象、コンピューター、モデルというような合言葉によってかたられる、大きな分野の一領域として位置づけられるようになった。そして、ある意味ではブントの内観的心理学が、装いを新たに復権したとさえいえる。

こうして、従来の狭義の認知研究(知覚、記憶、言語、思考など)は、隣接するコンピューター科学、人工知能研究、神経科学などとの対話を強めながら、しだいにその影響を心理学全体へとおよぼすようになり、今や心理学全体に認知主義的アプローチを根づかせつつあるようにもみえる。それにともなって、それぞれの領域においては、過去につみあげられてきた知見を情報処理的観点からとらえなおしたり、新たに構築されたモデルにしたがってこれまでのデータを解釈したりする動きもあらわれてきた。