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| VI. | 長期記憶 |
長期記憶とは、旋律の一部をきいただけで曲名や作曲者が思いだされたり、場合によっては、その曲を初めてきいた場所や状況さえも思いだされたりするような、今現在の認知活動につかわれてはいないが、必要になればいつでも検索してつかうことのできる、永続的に貯蔵された情報のことである。それは、図書館に収納された本のように、ただ検索されるのを受動的にまつような性質のものではなく、種々の形でコード化されて保存され、現在の認知活動に応じて、検索の可能性が変化していくような、力動的なシステムをなしているものと考えられている。
| 1. | 長期記憶の種類 |
長期記憶には、言語や概念や規則など、言語をとおしてその意味が一般的な知識としてたくわえられている「意味記憶」(それが記憶された場所や日時を超越した記憶)と、何月何日にある場所でかつてのクラスメートとであったというように、ある個人的な出来事が長期間にわたってたくわえられている「エピソード記憶」(場所や日時が特定される記憶)がまず区別される。
さらに、習得した技能のように、場所や日時が特定されないという点では、エピソード記憶ではなく、言語的な意味にいちいちまとめられないという点では、意味記憶でもない、むしろ体がおぼえているという比喩があてはまるような記憶がある。エンジンを始動して、ギアをローにいれ、アクセルをふむというように、一連の運転動作の手続きをいわば手や体がおぼえているような場合がそれで、これを「手続き的知識」という。前二者の記憶内容は、言語的に「これこれは何々である」と記述できるのに対して、3番目の手続き的知識は言語的に叙述することがむずかしい。そこで前二者を一括して宣言的知識とよび、後者の手続き的知識と対比することがある。
| 2. | 貯蔵容量と保持時間 |
感覚記憶や短期記憶(作業記憶)とくらべると、長期記憶における情報貯蔵量は膨大で、保持時間も感覚記憶や短期記憶が秒単位から数分の単位だったのにくらべると、数分から数時間、ときには数十年間にもおよぶ。子供のころに見たうつくしい風景がはっきり脳裏にやきついていて、30年ぶりにその風景に接したときにも、以前見たのとまったくちがっていないという印象をうけることがある。
とくに、視覚イメージの長期記憶はかなり良好であることが知られており、犯人の顔写真照合によるヒット率の高さにその一端がうかがわれる。バーリックとウィットリンガーの調査結果によれば、高校時代のクラスメートの顔写真と名前のマッチング課題では、卒業後14年までは90%前後の正答率であり、卒業後30年を経過してもなお、60%以上の正答率であったという。
| 3. | 目撃証言 |
視覚イメージの長期記憶がかなり良好だという議論に矛盾するようだが、目撃証言における記憶は、あいまいになる可能性が高く、したがって目撃証言の確度については疑問視されている。
とくに問題なのは、顔の再認は、比較的良好であるにもかかわらず、そのエピソードの場面や状況の記憶があいまいなことが多いことである。ロフタスとパーマーによれば、ある自動車事故の映像を被験者にみせたあとで、「車はどれぐらいのスピードでぶつかったか」と質問したときと、「車がぺしゃんこにつぶれたときのスピードはどれぐらいだったか」と質問したときとでは、後者のスピード見積もりが明らかにはやかった。
ロフタスはこのような研究から、出来事の細部の記憶は、あたえられる質問によって誘導されやすいことを指摘している。ここには長期記憶に保持されている情報が、検索過程と相互作用して、言語的再生に転化する事情の一端がしめされている。さらに、記憶されたイメージを言語化するときの言語による2次的加工の問題もあり、目撃証言と「客観的事実」との対応のむずかしさがいわれている。
| 4. | 長期記憶へのコード化 |
短期記憶の情報を長期記憶へ転送するうえで、精緻化リハーサルが有効である。精緻化とは、概念的に関連のあるものをまとめたり、相互の間に意味連関をうちたてたり、できあいの知識にくみこんだりする、体制化の操作のことである。たとえば、何種類かのカテゴリーからそれぞれ複数の要素をとりあげて、それをランダムに配列したリストを記憶させ、それを自由再生によって再生させると、被験者の中には提示した順にこたえる者もいるが、なかには、カテゴリーごとにクラスターにわけて、再生する者もでてくる。これは、短期記憶から長期記憶に転送される段階で、カテゴリー群化の精緻化がおこなわれたことの結果である可能性が高い。
| 4.A. | 主体的体制化 |
タルビングは、被験者は受動的に刺激をうけとるだけの存在なのではなく、情報に積極的にはたらきかけ、自分なりのなんらかの基準をつくりあげてそれを体制化していると考え、これを主体的体制化とよんだ。日本の県庁所在地にあたる都市名を20個とりだしてランダム順に1回提示し、その自由再生をもとめると、被験者の中には、頭の中で日本地図を北から南へと走査しながら、答えを再生する者がでてくる。このような再生方略も、精緻化における主体的体制化のあらわれと考えることができる。
| 4.B. | 分散か集中か |
学習の反復もリハーサルの一種と考えられる。反復学習が長期記憶を安定させ、試験などにおいてすばやく解答するうえに有効なことは、日常的にもよく知られていることである。この反復学習を集中的におこなうのが有効か分散的におこなうのが有効かについては古くから検討され、一般に分散学習のほうがより効果的であることが知られている。このような分散効果が生じるのは、集中学習ではまず最初の学習時に1回目の処理がおこなわれ、まだその処理効果が存続しているところに次の学習がくるので、この回は処理の必要がなかったり、あっても浅い処理ですむのに対し、分散学習ではインターバルがあるためにそのつど深い処理がなされなければならず、それによって記憶が確固としたものになるのだという説明がある。これを分散効果を説明するための注意仮説という。
もうひとつの説明は次のようなものである。連続して学習する場合には文脈が同じである可能性が高いのに対し、分散学習の場合には長いインターバルの間に文脈も変化する可能性があり、文脈がことなればコード化も多様になる可能性がある。コード化が多様であれば、それだけ検索の手がかりがまし、結局は検索が容易になって成績が向上する。このような説明はコード化多様性仮説とよばれる。
| 5. | 忘却 |
一般に、長期記憶の取り出し方には、再生、再認、再構成、再学習という手続きがあり、そのどれをえらぶかによって成績はことなってくる。実際、試験を例に考えれば、再生は、穴埋め問題、再認は選択問題、再構成はあたえられたいくつかの用語から意味ある文章を作成する問題である。
| 5.A. | 忘却曲線 |
ふつうはもちいられないが、もっとも敏感な記憶のテストは、再学習法である。これはエビングハウスの古典的研究にもみられる。彼は、最初の学習(原学習)に要する試行数と再学習の差の割合を「節約率」と名づけた。この節約率は、時間の経過とともに減少する。これをグラフにあらわしたものがいわゆる「忘却曲線」である。
このグラフは一見、時間とともに記憶がうすれることをしめしているようにみえるが、節約率がゼロにならないということは、いったん記憶されたものは、なかなか忘却されないことをしめしてもいる。たしかに再生や再認というとり出し方では、記憶はゼロにひとしいという結果になる場合もでてくるが、再学習をさせてみると、なんらかの「節約」がみられ、むしろ記憶をゼロにすることはむずかしいことがわかる。
| 5.B. | 忘却の仮説 |
しかし、一般に時間経過によって記憶がうすれることは常識に合致しており、これを説明するための仮説がいくつか提出されてきた。そのひとつは、記憶痕跡減衰説で、これはエビングハウスの忘却曲線を説明する理論でもあった。
これに強く反対するのが干渉説で、それによれば忘却の原因は時間ではなく、時間経過中に生じた出来事についての精神活動が記憶過程に干渉をひきおこしたというものである。
このような古典的な学説に対して、記憶過程そのものを考える立場からは、検索失敗説がある。タルビングらは、先に紹介したカテゴリー群化が、可能な刺激リストの自由再生で、カテゴリーに群化して再生するように、手がかりをあたえると(手がかり再生)、自由再生よりも全体として成績があがることから、自由再生に失敗するのは、記憶がうしなわれたからではなく、検索に失敗したからだと考えた。この考えは、記憶情報の利用可能性と記憶情報へのアクセス可能性を、区別する必要があることを示唆している。
| 6. | 検索過程 |
記憶テストにもちいられる再生と再認は、検索過程と密接につながっている。再認の場合、思いだすべき項目はそこに提示されている。それゆえ、貯蔵されている記憶表象とのマッチングを直接におこなうことができ、消去法が採用できる。再生はこれができないために、成績は一般に再認よりもわるい。
こうした検索過程に関するモデルのひとつに、生成・再認説がある。これは、再生課題の場合、まず質問を手がかりにして、2次的な検索手がかりをつくりだし(生成)、それにもとづいて記憶表象をしらべ、可能な候補を選出し、それと記憶された項目とのマッチングによる、再認段階(再認)に移行するという2段階説である。再生課題は、この2段階を経由するのに対し、再認課題はこの2段階の後段だけですむ。そこに成績の差がでる理由があるという。
この説を支持する研究者や実験結果は多いが、このほかにも、タルビングのコード化多様性説やジョーンズの二重経路説など、これとことなる理論も提出されており、検索過程については、多方面から検討がくわえられている。