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言語学
I. プロローグ

言語の科学的な研究をさし、分野としては、特定の言語の音・単語・文法の研究、ことなる言語間の関係の研究、すべての言語に共通な特徴の研究、などがある。また、コミュニケーションを社会学的・心理学的な側面から分析する分野もある。

言語を記述・分析するための、いくつかのことなった視点が存在する。まず、1980年代のパリのフランス語といったように、ある特定の時代の状態を研究することができる。このような研究を共時言語学とよぶ。これに対し、ある言語の、長い期間にわたる変化を対象とするのが通時言語学である。ラテン語が現代のロマンス諸語へと変化していく過程の研究は、通時的研究の一例である。20世紀の言語学は通時的視点と共時的視点の双方から研究がおこなわれているが、19世紀の言語研究は、通常、通時的視点からおこなわれた。

また言語学の研究は、理論言語学と応用言語学にもわけられる。理論言語学は、言語を記述したり、言語の構造を説明したりするモデルや理論の構築をめざす。応用言語学は、科学的な言語の研究の成果を言語教育、辞書の編纂、言語療法などにもちいる。機械翻訳と機械による音声認識は、20世紀後半において応用言語学が成果をおさめた分野である。

II. 言語学の様相

個々の言語やその変化をしらべ、記述する方法はいくつもあるが、たいてい次のような研究によっておこなわれる。音声学と音韻論による言語の音の研究、形態論による音の連続、つまり単語の構成の研究、そして構文論による文の中の単語どうしの関係の研究である。そのほか、語彙(ごい)の研究や意味論による研究によってもおこなわれる。

1. 音韻論

音韻論とは、特定の言語における意味をもつ音の研究と同定である。これに対して、音声学とは、すべての言語の言語音と、それらがどのように発音されるかについての研究である。

2. 形態論

形態論は、特定の言語の中で意味をになう形態素とよばれる要素を対象とする。形態素には、英語のcranberryにおけるcran-のような語根、英語のbirdや日本語の「鳥」のような単語、英語のpreadmissionにおけるpre-や日本語の「お味噌汁」の「お—」のような接頭辞とopennessにおける-nessや「大きさ」の「—さ」のような接尾辞、さらには、英語のsing「歌う」とsang「歌った」、mouse「1匹のネズミ」とmice「複数のネズミ」のような、語の内部において時制・数・格といった文法的範疇(はんちゅう)をあらわす音の交替がふくまれる。

3. 構文論

構文論(シンタクス)とは、文中での単語間の関係の研究である。例をあげると、英語でもっとも普通の語順はMary baked pies.「メアリーがパイを焼いた」にみられるように「主語—動詞—目的語」であり、Pies baked Mary.は英語の文として意味をなさない。これに対して、日本語の語順は「メアリーがパイを焼いた」にみられるように基本的には主語—目的語―動詞だが、日本語では文中の名詞の役割を「が」「を」のような助詞によって明確にあらわしているため、「パイをメアリーが焼いた」のように、語順の入れ替えが可能である。

III. 20世紀以前の言語学

古代より19世紀にいたるまで、言語学とはおもに書記言語の文献学的研究であった。

前5世紀というはやい時期に、インドの文法学者パーニニはサンスクリットの音と単語を記述し分析した。さらにのちに、古代ギリシャとローマで文法的範疇という概念が確立された。

何世紀もののち、印刷技術が発達し、聖書が何カ国語にも翻訳されて、さまざまな言語の文献があらわれたため、ことなる言語どうしを比較することが可能になった。

18世紀初頭にはドイツの哲学者ライプニッツが、ヨーロッパ・アジア・エジプトの諸言語が共通の源から発しているのではないかという仮説を提起し、比較文献学・比較言語学の誕生をうながした。ライプニッツの推論は、一部ただしく一部あやまっていることがのちに証明された。

18世紀の終わりに、イギリスの学者ウィリアム・ジョーンズ卿(きょう)が、サンスクリットがギリシャ語やラテン語に似ていることを指摘し、共通の源から発生したのだろうとのべた。19世紀初めの言語学者たちはこの仮説をさらに追求した。

ドイツの文献学者ヤーコプ・グリム(グリム兄弟)とデンマークの文献学者ラスクは、ある言語の単語の音が、別の言語の関連のある単語の中の似た音と対応している時には、その対応は規則的であることに気がついた。たとえば、ラテン語のpater「父」とped-「足」という単語の最初の子音pは、英語のfatherやfootにおける子音fに対応している。

19世紀後半までには、音の対応に関して多くの分析がなされた。ヨーロッパの青年文法学派は、同族の言語間の音の対応が規則的であることだけでなく、そうした音の法則には例外はなく、例外とみえるものは他の言語からの借用などによるものだという仮説を提起した。たとえば、「歯」をあらわす単語がラテン語ではdentalis、英語ではtoothとなるように、ラテン語のdは英語のtに対応するはずである。しかし、英語のdental「歯の」という語はdという音をもっている。

青年文法学派は、これは、音の対応の規則から期待されるtをもつtoothがもとからの英語の語であるのに対し、dentalはラテン語からの借用だからであると説明した。

ことなる言語の関連のある単語どうしを比較して規則的な音変化を発見するこの方法は、比較言語学的方法とよばれ、これにより、語族、つまりおたがい関係がある言語どうしのグループの設定がおこなわれるようになった。この方法により、語族の中のより小さいグループである多くの語派をふくむインド・ヨーロッパ語族が想定された。英語は、この語族の中のゲルマン語派に属する言語である。

IV. 20世紀以降の動向

20世紀において、言語学はいくつかの方向にわかれた。

1. 記述言語学

記述言語学においては言語学者は、もとから存在する文献ではなく、母語話者からデータをあつめ、そのデータを音韻論、形態論、構文論といったいくつかのレベルにわけて、言語の要素を分析する。

こういった分析法は、それ以前にまったく記述されたことのないアメリカ先住民の諸言語を記述する必要にせまられたアメリカの人類学者ボアズとサピアが確立したものである。

2. 構造主義

アメリカの言語学者ブルームフィールドは、ボアズやサピアなどの仕事にのっとって、意味をなるべく考慮しないで行動主義的に外的要素のみによって言語を分析することを提唱し、記録のない言語の音と文法構造を発見する技術の重要性を強調した。このような言語の分析方法を構造主義といい、言語学のみならず人類学や哲学思想にも大きな影響をおよぼした。

アメリカの構造主義が実際の発話を重視したのに対し、ヨーロッパの構造主義は実際の発話と区別して、その基底にある抽象的な言語の体系を重視した。この傾向は、スイスの言語学者ソシュールの講義録が彼の没後1916年に発行された時点にはじまる。ソシュールはラング(フランス語で「言語」)とパロール(「話」)という概念を区別した。ラングとは、ある言語の話者がその言語で何が文法的かということについてもっている知識であり、パロールとは、その言語での実際の発話である。

3. プラハ学派

1930年代にチェコスロバキアのプラハで盛んだったある学派は、言語の構造以上のものを問題にし、発話された言葉とその文脈との間の関係を説明することを目標とした。このプラハ学派の言語学者たちは言語内の要素の機能を重視し、言語の記述は、ある内容がどうやって伝達されるかということをふくむべきだと主張した。音韻論の分野では、音を調音上の、また聴覚上の要素へと分解する弁別素性の考え方が高く評価され、他の学派にもとりいれられている。

4. 生成文法

20世紀半ばに、アメリカの言語学者チョムスキーは、言語学は言語の構造を記述する以上のことを、つまり言語において文がいかに理解されるかについての説明をすべきだと主張した(生成言語理論)。彼によると、この過程は普遍文法という言語の知識、すなわち言語能力の理論によって説明できる。

言語能力とは、話者が、今まで聞いたことのない文もふくめた文をつくりだし、また理解することを可能にする、生まれながらの、ほとんど意識下の知識のことである。そして、ある言語において文法的に認容可能なすべての文を生成し、非文法的な文をすべて排除するようなシステムを生成文法とよぶ。

チョムスキーによると普遍文法の規則と個々の言語の規則は別であり、個々の言語においては普遍文法の規則とその言語に固有の規則の両方が適用される。これらの規則により、文の構成要素はさまざまな構成の中にあらわれる。たとえば「メアリーはポールにキスした」という能動文と「ポールはメアリーにキスされた」という受動文の両方が生成可能である。

5. 現代比較言語学

20世紀における比較言語学は、南北アメリカ、ニューギニア、アフリカといった地域において語族をうちたてることをめざし、また、言語における普遍的な原則を追求する。世界の言語を類型論的に特徴づけること(言語類型論)が新たに関心をあつめており、性別をもつ言語ともたない言語、主語を重要視する言語と主題を重要視する言語など、言語を文法構造と文法範疇にもとづいて比較することがおこなわれている。

例をあげると、スタンフォード大学の言語普遍性プロジェクトにおいて、アメリカの言語学者グリーンバーグと同僚たちは、「主語—動詞—目的語」といった基本的な語順が同じ言語は、ほかの特徴についても共通部分をもつということをしめした。こうした比較研究は、世界の言語の音・構造・意味の体系がどのような形をとる可能性をもっているかをさぐる試みである。

6. 社会学・心理学的分析

心理言語学は、心理学と言語学の両方の分野の重なる部分の研究であり、子供による言語の習得、音声認識、失語症、言語と脳の関係を研究する神経言語学などを対象とする。社会言語学は、言語が社会の中でどのように機能するかを研究し、ことなった状況で人間が適切な言語行動をとるためにもちいる規則を記述することが目的である。どのような状況で人を「ミズ」「ミセス」「メアリー」「先生」、またはたんに「あなた」とよぶか、などが1例である。