| 検索ビュー | ヒンドゥー教 | 項目ビュー |
| I. | プロローグ |
インド固有の宗教。開祖をもたず、地理的にも歴史的にも多様な信仰と習俗を総称する言葉である。インドの大部分の人々と各地にわたったインド人移民たちが信仰している。インド人移民は東アフリカ、南アフリカ、東南アジア、中南米、イギリスなどに多く、固有の文化への帰属意識の強い印僑とよばれる集団をつくっている。
ヒンドゥー教は、7億を上回る信者数もさることながら、ほかの多くの宗教に深い影響をおよぼした点で、世界宗教のひとつである。ヒンドゥー教の側もほかの宗教から多くの影響をうけ、混交宗教の典型となっている。インドの風土に根ざした宗教であるため、人間生活のあらゆる側面におよぶ社会的慣習、習俗にしみこんだもろもろの信仰が、高度に発達した哲学にまけずおとらず意義深いものとなっている。
| II. | ヒンドゥー教徒の条件 |
ヒンドゥー教徒であることは、思想よりは行動で判別される。それは行動面でのほうが、信仰内容についてよりも共通性、統一性を指摘しやすいからである。
次のような習慣は、ほとんどすべてのヒンドゥー教徒にまもられている。バラモンと牛の尊崇、肉とくに牛肉を食べないこと、ジャーティとよばれる社会的実体をもったカースト集団の中でのみ婚姻することなど。ほとんどのヒンドゥー教徒は明け方に、リグ・ベーダにある太陽神をたたえるガーヤトリー賛歌をとなえるが、ほかにどのような賛歌をもちいるかは一致していない。また彼らはシバ、ビシュヌ、あるいはこれら両神の妃である女神たちを信仰するが、同時に各村や家に固有のかぞえきれないほどの小さな神々を信仰している。
ヒンドゥー教徒たちは、明らかに矛盾することを信じたり行動したりすることがあるが、それらはその宗教によって形式と意味をあたえられ、秩序だてられたものなのである。明文化した教義や絶対的権威をもった教団のさだめる序列などはないが、宗教と不可分なこみいった社会的な階層制度が、個人を全体の中に位置づけている。
| 1. | 聖典 |
ヒンドゥー教徒にとって規範の根拠となる究極の権威は、ベーダである。ベーダは、さまざまな文献をふくむ文献群の総称で、前13~前10世紀に成立したものである。シュルティすなわち天啓聖典とよばれ、神から直接さずかったものだから一字一句もかえてはならないとされる権威をもっている。
しかし実際は、ベーダの内容はヒンドゥー教徒に正確に理解され行動の指針にされているわけではない。ヒンドゥー教の指針となる実質的な聖典はスムリティ、すなわち「いにしえの聖仙の教えをつたえたもの」とよばれる一連の文献である。これらについては新解釈をつけくわえていくこともゆるされている。「マハーバーラタ」、「ラーマーヤナ」の2大叙事詩、18種の大型プラーナを中心とした多くのプラーナ文献、そして「マヌ法典」を代表とする多くの法典文献がこれにあたる。
| 2. | 世界観 |
前節にあげたような多様で大型の文献の中に、ヒンドゥー教の複雑な世界観がちりばめられている。
| 2.A. | 宇宙卵 |
インドの人々は、世界は巨大なとじた世界、宇宙卵であり、その中に幾層もの天界や地下界、同心円状に幾重にもつらなる海と大陸があり、その中心にインドをふくむ大陸があると考えている。
| 2.B. | 時間の観念 |
時間は大きな周期で循環していて、1つの周期は黄金時代から末世に向かって、しだいに悪くなっていくものと考えられている。クリタ、トレーター、ドバーパラ、カリと名づけられた4つのユガ(期間)が、徳性や豊かさを低くしながらつづき、カリユガの終わりには世界は火と水で破壊され、その後ふたたびクリタユガがはじまる。
| 2.C. | 輪廻の過程で |
人間の生命も循環している。死後、魂は肉体をはなれ、ほかの人間、動物、植物の中にはいり再生する。何に生まれかわるかは生前になされたあらゆる善業と悪業の総合判断できまる。この業の連鎖と生まれかわりを輪廻とよぶ。カルマはこのように冷厳な法則としてはたらくが、浄罪法や儀礼により消していくこともできる。また世俗の欲望をたつことによりカルマの束縛をはなれ、輪廻から解脱することこそ理想とされている。
このような真の解脱をもとめる者は少数のエリートではあるが、どんな時代にも存在した。ヒンドゥー教徒は、このように解脱をもとめる者と輪廻の中で徳性や利得をもとめる者の2派にわけて考えることができよう。前者はウパニシャッドにはじまり遊行の聖者たちが追求してきたもの、後者はベーダ以来今日の寺院を中心とした信仰やバラモンたちの儀礼的宗教、またカースト制度などにみられるものである。
| 2.D. | 階層と人生区分 |
ヒンドゥー教は当初、3つのベーダ、3つの階層(バルナ)、3つの人生区分(アーシュラマ)、3つの人生目標(プルシャアルタ)を説いた。ベーダはのちに民間的呪術をとりいれたアタルバ・ベーダをくわえ、4ベーダといわれるようになった。
バラモン(祭官)、クシャトリヤ(武人)、バイシャ(庶民)という3つの階層は、古代ギリシャ・ローマの社会や宗教制度にもうかがわれるような、古代インド・ヨーロッパ語族の社会に共通の観念である社会機能3分割制から発している。これにシュードラ(隷属民)がつけくわえられ4カーストとなったのは、バラモン教の勢力がパンジャブ地方からガンガー(ガンジス川)に移動した前10世紀ごろである。
3つの人生区分は学生期、家住期、林住期で、それぞれの時期に生まれながらの借りをかえす意味があるとされた。つまり学生期にベーダの天啓をつたえた聖人たちへの恩をベーダ学習により、家住期に先祖たちへの恩を子供をつくることにより、林住期に神々への恩を供犠(→ 犠牲)により返済するのだとされた。
これに世俗を完全にすてて苦行する遊行期がブラフマンへの恩返しとしてつけくわえられたのは、ウパニシャッドがあらわれ仏教がおこった前6世紀ごろである。同じころ、世俗をこえた価値を人生の3大目標にくわえ、財、法、愛、解脱という4大目標が説かれるようになった。
ヒンドゥー教の世俗的側面はスバダルマ(それぞれの義務)という観念をも生みだした。カーストにさだめられた仕事につく、カースト内で結婚して子供を得る、食事の禁忌をまもることなど、みずからのカーストの義務をはたすことと、祖霊への供物をかかさないことが、ほかのいかなる善行より優先するという教説である。
| 2.E. | 解脱への道 |
解脱をもとめるヒンドゥー教の哲学は、ウパニシャッドの思想を原型としている。個人の魂(アートマン)と世界の実体(ブラフマン)は本質的にはひとしく合一できるものであり、それを実現するためには、本来の関係からはずれて生じている輪廻からただしい知恵の実践によって解脱しなくてはならないとする教えである。これはサナータナ・ダルマ(永遠の法)とよばれる。
解脱にいたる道を、バガバッドギーターは次のように整理している。世俗的行為を結果をかえりみず絶対神への供犠としておこなうこと、ウパニシャッド的知恵の実修、絶対神に帰依し信愛(バクティ)のみをささげることの3種である。最後の他力思想は、古くから萌芽はみられるがバガバッドギーターで確立した思想で、中世のヒンドゥー教では大きな影響力をもつにいたった。南インドのアールワールやナーヤナール、ベンガルのクリシュナ信仰などが代表例である。
上述のようにウパニシャッドの哲学は世界の本質・実体を唯一なる原理・実体とするものであるから、ベーダ以来無数に存在する神々は理論上はこれに吸収され、その原理を体現するものとして生まれてくることになる。この論理で考えると、具体的な偶像神を儀礼でまつり崇拝することは、すなわち世界の究極の実在である唯一の存在(絶対神)によって生みだされた幻である物的世界で、できるかぎりの信愛をささげていることと位置づけられる。これによってヒンドゥー教の一神教的側面と多神教的側面が矛盾なく説明されるのである。
| 3. | 神々 |
ヒンドゥー教には無数の神々が存在するが、重要なのはシバ、ビシュヌと女神たちである。
| 3.A. | シバ |
シバは、苦行神と男根神という相反する性格をもった神である。この神は、ドクロをもちあるくカーパーリカやパーシュパタ(獣主)派、アゴーリ(無畏:むい)派など世俗をすてた苦行者たちに崇拝される。カーパーリカは、シバが父娘相姦をおかそうとした父ブラフマー(梵天)を殺したときに、バラナシの地ですくわれるまで、ドクロをもって遊行せよとのろわれたという神話を信奉し、自分たちもそれにならって遊行している。また無畏派の行者たちは苦楽を超越している証として汚物を食べたりする超世俗の人々である。シバは一方で寺院や個人の祭壇で男根の姿で崇拝される神でもあり、それは去勢されたシバの男根に対する崇拝とされる。またシバは人間、動物、植物のさまざまな姿で地上をおとずれ、それにちなんで多くの寺院ができたとされる。
| 3.B. | ビシュヌ |
ビシュヌは、最高の存在ですべてに遍在する神であると信じられている。この神は創造神であり、ブラフマーもビシュヌのヘソから生じる蓮の中に生まれるとされる。
また、地上にはびこる悪をほろぼし人々をすくうために地上に化身するとされ、それぞれの化身で崇拝されている。これをアバターラ(権化)という。ビシュヌは、神話上の魚、亀、猪、小人バーマナ、人獅子、仏陀、パラシュラーマ、ラーマ、クリシュナ、カルキの、10のアバターラをもつとされ、なかでも2大叙事詩のヒーロー、ラーマとクリシュナはもっともひろく信仰されている。
| 3.C. | 女神崇拝 |
女神は、神話上はシバやビシュヌの妃神だが、独自の崇拝をうけている。物質世界の根本を形づくり、世界をうごかす真の主体として崇拝され、男性神の手におえなかった悪鬼をも退治する。ドゥルガーはマヒシャという水牛の姿の悪鬼を殺し、カーリーはみずからが殺した悪鬼どもの死体の上でもぎとった首や手足をもって狂喜の舞踏をする。また物質原理としての力を女性の力と同一視し、これを崇拝する性力崇拝(シャクティ)派もある。中世に生まれたタントリズム(密教)で、禁忌の食物を食べたり、性力を象徴する女性とまじわりその力と合一する儀礼をおこなうことで知られている。
女神にはよりやさしい性格をもつものもある。ビシュヌのやさしい妻であるラクシュミーは富と豊かさの女神であり、ヒマラヤの娘でシバの妻であるパールバティーも恵み深い女神である。豊かな大河の女神ガンガーはシバの妻、サラスバティー河の女神で芸能と学問をつかさどるサラスバティーはブラフマーの妻である。そのほか各地方の女神の中にも、ヒンドゥーの男性神の妻とされ、信仰されているものがある。
| 3.D. | その他の神々 |
中心となる神の友人や子供としてヒンドゥーの秩序にくみいれられている神も多い。猿の姿のハヌマットはラーマの味方としてラーマーヤナで活躍したため人気が高く、スカンダとガネーシャはシバとパールバティーの息子とされる。象の頭をもったガネーシャは障害をとりのぞく神とされ、なにか仕事をはじめようとするときに供物をささげる。
| 4. | 礼拝と儀礼 |
| 4.A. | 通過儀礼 |
ヒンドゥー教徒の信仰生活において、もっとも基本的なものは家族が子供にほどこす通過儀礼(サンスカーラ)である。食い初め式にはじまり断髪式、初潮時の浄め、結婚式、無事な出産をいのる儀礼、出産後のお七夜とつづき、新しく生まれた子供には最初の食い初め式以下がくりかえされる。最後は死に際し、火葬してできることなら灰をガンガーにながす葬儀、そして年忌としておこなわれる祖霊祭がある。それは長男が家長の義務として、死者の霊がよい転生をとげるよう、ピンダというゴマ入り団子をささげる儀礼である。
家庭で、日々神棚に果物や花をささげるプージャー(いけにえをもちいない供養)は主婦の役割である。彼女たちはまた、土地ごとの蛇神、樹神、敷地内や近くの十字路などにすむ鬼霊たちにも供物をささげる。
| 4.B. | 寺院と聖地 |
多くの村や町には寺院があり、そこでは祭官たちが一日じゅう儀式をおこなっている。日の出の祈りにはじまり、主堂の神像としてあらわれている神を奏楽でめざめさせ、沐浴させ、新しい衣を着せ、風をおくり、食事をささげ、そのお下がり(プラサーダ)を礼拝におとずれる信者にわけあたえるというプージャーを日々おこなっているのである。寺院ではまた、賛歌をうたい、聖典をとなえ、日没の儀礼をおこなう。コルカタ(カルカッタ)の女神カーリーをまつるカーリーガート寺院のようにヤギが犠牲にされる場合もあるが、犠牲は寺院の境内の外で低いカーストの祭官の手でおこなわれることが多い。そのほか、土地ごとに小さなほこらが無数存在する。
大きな町には、町の外の人々も信仰する大寺院がある。岩をほりぬいたもの、巨大な一枚岩でできたもの、彫刻をほどこされた石造寺院など様式はさまざまである。特定の祭りの日には、主堂からはこびだした神像を山車(ラタ)にのせて巡行し、多くの人々をあつめて祭礼がおこなわれる。
ヒマラヤのリシケーシュやガンガー流域のバラナシのように、全インドから巡礼の人々がおとずれるようなひろく信仰をあつめる聖地も多い。これらはティールタとよばれ、罪とけがれをきよめるための沐浴場であると同時に彼岸への渡し場とされる。また巡礼地の中には特定の祭りのときにとくに人があつまるところが多く、たとえばガンガーとヤムナ河の合流点にあるプラヤーガでは、毎年のクンバメーラ祭も混雑するが、12年に1度の特別な儀式がおこなわれるときにはかぞえきれない巡礼者があつまる。
| 4.C. | 年中行事と祭礼 |
各地方にはそれぞれの年中行事があり、有名な祭礼も多い。バラナシでは、女神ドゥルガーがこの期間に里帰りをするとされるドゥルガー・プージャーが10月におこなわれる。ドゥルガーのマヒシャに対する勝利をいわう祭で、張りぼての女神像を10日間まつったあとガンガーにながしておわる。
インド全域でおこなわれる祭りもある。ディーワーリーは冬がはじまる11月の新月の夜にたくさんの灯明をかざり、川にながす光の祭りで、ホーリーは春の愚行祭(3月)で、カーストの垣根もとりはらわれ、髪もむすばず、色をつけた粉や水をかけあう祭りである。
| III. | 歴史 |
ヒンドゥー教の信仰と生活を理解するためには、歴史の視点がぜひ必要である。最古の部分は絶対年代をくわしく知ることはできないが、おおよその発展過程をしめすことはできる。
| 1. | ベーダ時代(バラモン教) |
前2000年ごろ、ハラッパーやモヘンジョ・ダロのあるインダス川流域で高度の文明が発達していた。しかし、前1500年ごろアーリア人がインドに侵入してきたときには、この文明は衰退期にあった。したがって両者の接触や影響の程度ははっきりしない。ただ生殖器崇拝、女神崇拝、儀礼としての沐浴、ヨーガの座法など、ヒンドゥー教の中にはインダス文明の影響と思われるものは多い。→ インダス文明
前1500年ごろまでに、アーリア人の諸部族はパンジャブ地方に定住していた。彼らはインド・ヨーロッパ語族に共通の、男性神を中心にした信仰体系と単純で活力にみちた武人の倫理をもっていた。彼らがインドで成立させた文化であるベーダの宗教はバラモン教とよばれるが、伝統とインドの文化、風土の接触から生まれたものである。武人の神インドラ、火神アグニ、聖なる興奮性飲料の神格化ソーマなどベーダの神々は複雑な祭式によって崇拝されていたが、のちの時代、こうした祭式万能主義がすたれたあとも神話として生きのこった。
前900年ころにはベーダの文化はガンガー流域に進出し、より複雑な文化と社会組織を発達させた。前6世紀には小さな国家が多く生まれ、社会の変化にともない仏教やジャイナ教というヒンドゥー教に対立する宗教も生まれた。
| 2. | 古典ヒンドゥー文化 |
前200~後500年、インドは異民族の侵入をうけ、サカ族やクシャーナ族の征服王朝のもと、文化は発展しながらまじりあい、2大叙事詩、マヌ法典をはじめとする法典群が成立して、ヒンドゥー教の原型がととのった。グプタ朝が北インドを統一していた時代(320~480?)、古典的ヒンドゥー文化は多様な文化が花ひらき、大きな寺院がいくつも建立され、神話や儀礼がプラーナ文献にあつめられた。
| 3. | バクティ運動 |
グプタ朝後のインドでは、より折衷的な文化が発展し、さまざまな独自の主義をもつ教団が成立した。そしてこの時期に、神へのバクティ(信愛)を強調する運動がおこってくる。多くのバクティ運動は特定の聖者が創始したもので、その人物から師、弟子へとうけつがれてきた聖性の血脈が、教理にまして重要とされる。その中には、不二一元論を主張してヒンドゥー教の教義の基礎を確立したシャンカラや、被限定者一元論を主張したラーマーヌジャなどの有名な哲学者を創始者とする団体もあった。→ ベーダーンタ学派:六派哲学
| 4. | 中世ヒンドゥー教 |
サンスクリットで書かれた精緻な哲学と並行して、俗語による宗教歌もインド全域でつくられ、口唱でつたえられた。バクティ運動にかかわるものが多く、7~9世紀にタミルやカンナダでアールワール、ナーヤナールとよばれる聖者たちがのこしたもの、16世紀にラージャスターンの女流詩人ミーラー・バーイーがつくったものなどがある。16世紀、ベンガルのチャイタニヤは、クリシュナとその妻ラーダーへの信愛を性的なタントリズムの理論とむすびつけ、性的神秘主義の教団をひらいた。彼はみずからクリシュナとラーダーの化身と称し、彼のすむベンガルの村は神話の舞台であるブリンダーバンそのものと説く熱狂的神秘主義者であった。彼の弟子のひとりゴースワーミンの一派は、クリシュナ神話の宗教劇とその象徴主義の神学を発展させた。
クリシュナ神話の宗教劇は、マトゥラー近郊の本物のブリンダーバンでも16世紀ころ古典ヒンディー語の詩人たちの手で発展させられた。イスラム神秘主義(スーフィズム)の影響下に硬直したヒンドゥー教の教義を否定しつつラーマへの信愛による解脱を説いたカビール、ラーマーヤナのヒンディー語版をあらわしたトゥルシーダースなどビシュヌ派の聖者が多い。ブリンダーバンでのクリシュナの事跡をえがいた盲人の詩人スールダースの作品は、現代の北インドでクリシュナ崇拝に大きな役割をはたしている宗教劇の源泉となった。
| 5. | 近代の展望 |
19世紀、全土の植民地化がすすむ中で近代文明に直面しなければならなかったインドでは、ラーマクリシュナやビベーカーナンダといった聖者ともいわれる人々がヒンドゥー教の改革運動をおこした。こうした人々が創立したアーリヤ・サマージやブラフマ・サマージは、伝統的ヒンドゥー教を社会改革や政治の理念と適合させようとする試みであった。ゴーシュやガンディーのような民族主義の指導者たちも、その運動の理念としてヒンドゥー教の要素を抽出して説いた。たとえばガンディーは、不殺生の徳を独自の意味をこめてもちい、不可触民(カースト制度の枠外におかれた最下層民)の地位向上やイギリスからの独立のために、非暴力主義による抵抗を主張した。またアンベードカルは、カーストから転落したバラモンたちの神話や、本来仏教とヒンドゥー教はひとつであったという神話を引用して、仏教に再改宗することによる不可触民の解放を説いている。
さらに最近では、グル(師)を自称する多くの新新宗教の教祖たちが、ヨーロッパやアメリカで多くの信者を獲得している。これらの教団の中にも、バクティベーダーンタが設立したハレークリシュナ教団などのように伝統的ヒンドゥー教をよりどころにしていると主張するものが多い。インドでは、伝統的ヒンドゥー教がさまざまな改革や近代化や都市化にもかかわらず健在である。外国支配と内部分裂の時代にインドをささえてきたヒンドゥー教は、今日も人々の生活に意味をあたえ、精神的支柱になっているのである。
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