| 検索ビュー | 自殺 | 項目ビュー |
| I. | プロローグ |
故意にみずからを死にいたらしめる行為。古くからあらゆる社会に登場するが、自殺に対する社会の態度、自殺の方法、自殺率には、時代によって大きな違いがみられる。
| II. | 歴史的背景 |
古代のヨーロッパ、とりわけローマ帝国の時代には、自殺は是認され、ときとしては称賛される行為であった。ストア学派の影響をうけたローマ人は自殺を正当視する多くの理由をみとめており、哲学者セネカは自殺を自由人の最後の行為として称賛した。
しかし、アウグスティヌスにとっては自殺は本質的に罪であった。初期のいくつかの教会評議会は、自殺した人間に対しては教会の通常の儀式をとりおこなわないとの布告を出している。さらに中世になると、ローマ・カトリック教会はあらゆる自殺を有罪とした。中世法は通常、自殺者の財産の没収を規定しており、慣習的に、遺体には侮辱的な行為をくわえることが要求された。
中世後期のイギリスでは、あらゆる自殺の場合に土地と資産を没収することを法で規定していたが、多くの場合、検視官が狂気と承認することによって、没収は回避されていた。そして、法律自体も1870年に廃止された。23年の法令では自殺者を聖なる墓地に埋葬することを合法化したが、宗教上の儀式は82年まで許可されなかった。97年にデュルケームは、自殺は純粋に個人的な行為というよりは社会学的な現象であるとの学説をとなえた。今日では、自殺を道徳的な見地よりは心理・社会的な見地でとらえる傾向にある。
| III. | 自殺をうながす条件 |
大半の社会科学者は、自殺は生物的、心理的、そして社会的な原因を有する複雑な行動であるという点で、意見の一致をみている。たとえば、精神医学者の研究によると、深刻なうつ病は自殺者によくみうけられ、また、うつ病は遺伝的であることが多い、という論点が提起されている。
心理学者と社会学者は、自殺しやすいパーソナリティとそのとりまく状況との関連を指摘している。自殺は、しばしば、くるしい環境からの逃避として利用されたり、自殺においこまれた事柄に責任がある人に対する復讐行為(ふくしゅうこうい)として利用されることもある。こうした感情は、自殺者がのこす遺書であらわになることがある。
しかし、自殺にふくまれるもっともありふれた要素は、自殺者が人生はとてもくるしいので死だけが安らぎをあたえてくれると考えることにある。感情的な喪失感や慢性的な苦痛は、生活環境をかえられないという個人的な絶望感をもたらしたり、たとえどのように状況が変化したとしても絶望感をもたらすことがある。そしてこれらの感情は死が唯一の選択であるとみる心理的な「トンネルビジョン」を生みだす。
社会的な条件も、しばしば結果として自殺率のいちじるしい増加をもたらす。たとえば、第1次世界大戦後のドイツの若者の間や大恐慌の絶頂期である1933年のアメリカでおきた現象がそれである。最近では、政府の政策に政治的に抗議する形態として利用されることもある。
| IV. | 自殺に対する態度 |
自殺は多くの国々で違法である。とりわけローマ・カトリックの国々では法によらない手段で告発される。しかしこの対極には、ある種の自殺を称賛する社会がある。たとえば、日本ではかつて、武運つたなく戦いにまけた武士や軍人がその責任をおい、あるいはとらえられるのを潔しとせず切腹することがおこなわれた。また、切腹による自殺は主君の死をおって家臣が殉死する際にもおこなわれ、忠誠心をしめす行為として、しばしば賞賛の対象となった。
第2次世界大戦中には特攻隊(特別攻撃隊)のパイロットが、国家のために自分の飛行機を敵の目標に激突させるという自殺的任務を遂行した。現在でもイスラム原理主義過激派は、ジハード(聖戦)の考えから、自爆テロによる自殺もアッラーの意思であればゆるされるとしており、自爆テロで死んだ者は殉教者としてたたえられる。
| V. | 現況 |
自殺の統計は確実性にとぼしいため、その趨勢(すうせい)については論じにくい。たとえば、西ベルリンでは1980年代の官庁統計では10万人に40人の自殺率であり、一方メキシコシティでは10万人に2人であった。しかしながら、この数字をもって単純に多い少ないは判断できない。メキシコは圧倒的にローマ・カトリック教社会であり、もっぱら非カトリック教徒が多数を占めるドイツの都市よりも、自殺をかくしたいという気持ちがはるかに強いからである。また、一部の専門家は、19世紀におけるヨーロッパ諸国での自殺率の増加は、統計数字の収集方法の改良と自殺を不名誉とする考え方が少なくなったことによるとしている。
ヨーロッパ諸国で人々の平均寿命が長くなってきたことも、自殺したくなる喪失感や末期的な疾病をもつ人々に影響するかもしれない。また若年層の自殺について社会科学者の多くは、若い人々は学業で成功しなければならないと圧力をかけられており、勝者がいればかならず敗者がいるという事実が学生の間での自殺をいちじるしく増加させていると考えている。また心理学者の中には、孤独や社会的疎外感、あるいは人生は無意味だという感情が増大してきているため、産業化社会での自殺の増大がうながされていると考える者もいる。たとえば、アメリカでは15~24歳の年齢層での自殺率は1950年から90年までに3倍に増加し、自殺はこの年齢層で3番目の死因になっている。あらゆる年齢層のアメリカ人の間で男性の自殺率は女性の4倍になっている。
| VI. | 日本の場合 |
| 1. | 年に3万人をこえる自殺者 |
日本でも子供の自殺は不慮の事故とならび、もっとも多い死因にあげられ、とくにいじめを苦にした自殺が各地でおこり、大きな社会問題となっている。また、男性の自殺者は女性の2倍ほどで、年代別では60歳以上がもっとも多く、男女とも東北地方など農村部に多発するという特徴が指摘されている。生活苦から一家心中をはかるなどの心中の例は、日本にみられる特異な自殺の形態といえよう。また、過労によるストレスから自殺するケースもあり、「過労自殺」として労災認定されるようになった(→ 過労死)。
日本の自殺者数は2万人台前半だったが、1990年代後半からふえる傾向にあり、98年(平成10)に年間自殺者数が前年よりもいきなり約6000人ふえ、はじめて3万人をこえた。交通事故による年間の死者数約1万人と比較しても、自殺の増加はみすごせない。その後も、若干増減しつつも、毎年3万人台を推移している。2005年は、人口10万人に対し自殺による死亡者は約25人で、死因別にみると6番目の理由となっている。自殺の動機は「健康問題」がいちばん多いが、近年の傾向では「経済・生活問題」がふえている。
| 2. | 自殺対策基本法の制定 |
1998年以後、自殺による死亡者数が高い水準で推移していることを重くみた国会は、2006年6月、議員立法で「自殺対策基本法」を成立させた。同法は、自殺を個人的な問題としてのみとらえるべきでなく、背景に社会的要因があることをふまえ、自殺対策を社会的な取り組みとしなければならないとの観点から、国や地方公共団体の責務をさだめた。
国には総合的な自殺対策の策定を義務づけ、政府は毎年、国会に対策の実施状況を報告しなければならない。地方公共団体には地域の状況に応じた対策を講じることを義務づけ、また事業主には、雇用する労働者の心の健康を保持する努力をうながした。
基本的な対策として、国、地方公共団体は、調査研究を推進し、情報の収集や整理、分析にとりくむこと、また、精神疾患を有する人への医療提供体制の整備、自殺の危険性を早期に発見して相談にのる体制の整備などをあげた。自殺者の親族等に対する支援の充実ももりこまれた。
こうした対策をすすめるために、内閣官房長官を会長とする自殺総合対策会議を内閣府に設置することもさだめられた。