| 自殺 | 項目ビュー | ||||
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| II. | 歴史的背景 |
古代のヨーロッパ、とりわけローマ帝国の時代には、自殺は是認され、ときとしては称賛される行為であった。ストア学派の影響をうけたローマ人は自殺を正当視する多くの理由をみとめており、哲学者セネカは自殺を自由人の最後の行為として称賛した。
しかし、アウグスティヌスにとっては自殺は本質的に罪であった。初期のいくつかの教会評議会は、自殺した人間に対しては教会の通常の儀式をとりおこなわないとの布告を出している。さらに中世になると、ローマ・カトリック教会はあらゆる自殺を有罪とした。中世法は通常、自殺者の財産の没収を規定しており、慣習的に、遺体には侮辱的な行為をくわえることが要求された。
中世後期のイギリスでは、あらゆる自殺の場合に土地と資産を没収することを法で規定していたが、多くの場合、検視官が狂気と承認することによって、没収は回避されていた。そして、法律自体も1870年に廃止された。23年の法令では自殺者を聖なる墓地に埋葬することを合法化したが、宗教上の儀式は82年まで許可されなかった。97年にデュルケームは、自殺は純粋に個人的な行為というよりは社会学的な現象であるとの学説をとなえた。今日では、自殺を道徳的な見地よりは心理・社会的な見地でとらえる傾向にある。