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| X. | スペースシャトル |
アメリカでは1980年代初めから、スペースシャトルとしてよく知られている宇宙輸送システム(STS:Space Transportation System)が主要な宇宙計画となった。一方、ソ連は1988年11月にスペースシャトル、ブランを無人でうちあげ、回収することに成功した。92年に有人飛行をおこなう計画だったが、91年のソ連崩壊とともに計画が頓挫(とんざ)し、以後の打ち上げはおこなわれていない。
スペースシャトルは有人、多目的、再利用のできることを特徴とする宇宙往還機であり、約29tのペイロード(積載物)と乗組員を7人はこべるように設計されている。スペースシャトルは、巨大な外部燃料タンクと本体(オービター)、2本の固体ロケット・ブースター(SRB)からなり、SRBも再利用できる。オービターは理論的には100回の飛行にたえ、翼をつけているので地球に帰還する際に動力をつかわずに滑空して着陸することができる。人工衛星の放出やうちあげられた衛星の回収・修理や天文観測などがおこなえるため、打ち上げ費用のコストダウンにつながることが期待されている。
| 1. | 当初の成果 |
スペースシャトルの初飛行(STS-1)となった「コロンビア」はジョン・ヤングとロバート・クリッペンが操縦し、1981年4月12日にうちあげられ、14日には無事に帰還した。82年11月の第5回目(STS-5)からが実用飛行となり、「コロンビア」はアメリカとカナダの民間通信衛星を2機放出した。83年6月の第7回(STS-7)のフライトでは、アメリカ初の女性宇宙飛行士サリー・ライドが「チャレンジャー」にのり、83年11月の第9回(STS-9)では、「コロンビア」がヨーロッパ宇宙機関(ESA)の有人宇宙実験室「スペースラブ1号」をはこんだ。84年4月の第11回(STS-11)の「チャレンジャー」のフライトでは、衛星の回収、修理、再放出がおこなわれた。84年11月の第14回(STS-14)では、「ディスカバリー」が故障した高価な衛星を回収して地球にもちかえった。
| 2. | 「チャレンジャー」の事故 |
これらの成功にもかかわらず、シャトル計画は予定された打ち上げ計画よりもずっとおくれることになった。軍事テストにつかわれることがふえ、人工衛星の打ち上げではヨーロッパ宇宙機関のアリアン計画とのきびしい競争に遭遇したためである。そして、スペースシャトル「チャレンジャー」は10回目の飛行の1986年1月28日、打ち上げから73秒後に爆発した。液体水素と液体酸素をつめた主要燃料タンクに密閉リング(Oリング)のうまくはたらかないブースターがつっこんだために、一瞬にして破壊されてしまったのである。この惨事で7人の搭乗員全員が死亡した。そのうちの1人、クリスタ・マコーリフはスペースシャトルにのりこんだ初の一般市民で、現役の高校教師であった彼女は、前年にシャトル計画の民間スポークスマンとして最初の「空飛ぶ先生」にえらばれていた。
この悲劇によって、システムを分析し再設計しなおすまで、シャトル計画は中止された。元国務長官のウィリアム・ロジャーズと元宇宙飛行士のニール・アームストロングを委員長とする大統領諮問委員会は、NASAの行政機構と、質の高い制御をおこなう効率的なシステムを維持できなかったことにおもな原因があると判断した。
| 3. | スペースシャトルの再開と2度目の事故 |
「チャレンジャー」の惨事にまなび、固体ロケット・ブースターのOリングシールは再設計された。スペースシャトル打ち上げ計画は5人の宇宙飛行士をのせた「ディスカバリー」の飛行によって1988年9月29日に再開された。この飛行ではNASAの通信衛星TDRS-3が軌道に放出され、さまざまな実験がおこなわれた。重さ11tのハッブル宇宙望遠鏡は90年4月に「ディスカバリー」によって軌道に投入されたが、光学的な欠陥があり、93年12月に「エンデバー」によって修理がおこなわれた。
1995年2月には「ディスカバリー」に初の女性パイロット(操縦手)であるアイリーン・コリンズが搭乗した。3月には「エンデバー」が、16日と15時間宇宙に滞在した。しかしながら、2003年2月1日には「コロンビア」が地上への帰還途中に空中分解し、7人の搭乗員が死亡した。この事故は、打ち上げ時に外部燃料タンクをおおう断熱材の塊(かたまり)がくずれ、「コロンビア」の左翼を直撃し、翼前縁の断熱材が破損したことが原因であった。そして、大気圏再突入時に摩擦で最大1500°Cにもなった空気が翼内部に侵入、空中分解をひきおこした。
この事実を重くみたNASAは、数々の安全対策をほどこし、事故からおよそ2年半ぶりの2005年7月26日に「ディスカバリー」をうちあげたが、外部燃料タンクの断熱材が脱落したり、シャトル底部の耐熱タイルの隙間(すきま)からセラミック材がとび出したりするなどの多くの問題が発生。NASAは、問題解決まで打ち上げを凍結すると発表した。一方、「ディスカバリー」は、日本人宇宙飛行士の野口聡一(そういち)らが史上初の飛行中における補修をおこない、8月9日に無事帰還した。