セザンヌ,P.
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セザンヌ,P.
V. セザンヌの色彩

このような孤立の中で、一途にひとつの目的に専心していたことが、1880年代と90年代のめざましい展開をもたらしたとされている。この時期も明るい印象派の色彩で自然に即してえがいていたが、しだいに絵具の塗り方を単純化するようになっていき、ボリュームのある形を純粋な色彩の並置によって決定できると考えるようになる。やがて自然の光と自然の形を色彩だけで表現する方法を発見した、と評されるようになる。

セザンヌは印象派が実現した明るい輝きの感覚をそこねずに、彼らが放棄した構築的な形態をふたたび導入したかにみえる。闇と光で「立体感を表現する」のではなく、色によって「調整する」のだとセザンヌ自身がかたっている。立体感の表現という人為的な約束ごとのかわりに、もっと自然に近い、彼自身の言葉をかりれば「自然に平行する」ような、強い表現力をもつ調整方法をとろうとした。印象派の技術的な問題に対するセザンヌの解答は、他の印象派の画家たちよりもさらにいっそう整然とした、表現力のある色彩の使い方をしたことにあったといえる。

しかしセザンヌ自身は、自分の目標がどうしても満足のいくようには達成できないと思っていた。作品の大半は未完成のままのこされ、破壊された作品も多い。人物像がうまくいかないことをしきりになげいた。実際、3点の「女性大水浴図」(1898~1905)など晩年の人物画の大作にみられる奇妙な歪(ゆが)みは、自分自身に課した色彩調整法の厳格さがひきおこしたものとされている。

やがて、セザンヌの特異な表現形式のほとんどすべては、次の世代の画家たちにうけいれられるようになった。印象派の自然主義的な絵画はもはや形骸(けいがい)化したとみた彼の後継者たちは、誠実な感性をとりもどして現代美術を切りひらくためには、どんなに困難でも、新しくて独創的な様式が必要だと考えた。