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サクラ
I. プロローグ

日本の春をいろどり、花木の代表とされるバラ科サクラ属の落葉高木群。早春になると開花予想がだされ、やがて南から北へ日本列島をピンク色にそめあげていくサクラは、日本人にもっともよく知られた花である。サクラといえばだれでも、ソメイヨシノを思いうかべるが、サクラはそれにとどまらない。山間の野生のサクラ、庭のサトザクラ、しだれる古木、日本のサクラの世界は深くて多様である。

サクラは植物学上では、バラ科サクラ属サクラ亜属にふくまれる自生種、変種(自然交配種)、園芸品種(サトザクラ)の総称である。日本には自生種が10種、自然交配種が約20種、そしてこれらを親とした園芸品種(サトザクラ)が約300種ある。

サクラ属はスモモ亜属(スモモ類)、モモ亜属(モモ類)、ウメ亜属(ウメ類、アンズ類)、ニワウメ亜属(ニワウメ、ニワザクラ、ユスラウメなど)、サクラ亜属(ヤマザクラなど、次にくわしくしるす)、ウワミズザクラ亜属(ウワミズザクラ、リンボク、バクチノキなど)にわけられる。

II. サクランボのとれる木
1. セイヨウミザクラ

明治初期に導入され、西洋でいうサクラはほとんどの場合、セイヨウミザクラである。チェーホフの「桜の園」の舞台もジョージ・ワシントンの切りたおした木もすべて、この種の木であった。山形県をはじめ、東北各県や長野県などで栽培されている。原産地はカスピ海、黒海沿岸地方。4~5月、直径約2cmの白花がさく。果実は直径2~2.5cmの球形。熟すとオレンジ色、黄色、赤色、紫色などになり、光沢があってうつくしい。ナポレオン、佐藤錦、高砂などの品種がある。

III. 日本に自生するおもなサクラ
1. ヤマザクラ(山桜)

本州(宮城、新潟県以西)、四国、九州の山野に生える。高さ15~25m。日本の野生のサクラの代表で、古くから庭木としてもよく植えられている。花期は3~4月。葉が花よりはやくでるか同時にでるので、開花時には花と葉が枝についている。若葉は赤、茶、黄色などの変異がある。花はピンク色または白で花弁は5枚。花の直径は3~3.5cm。樹皮に皮目がめだつ。

2. オオヤマザクラ(大山桜)

北海道、本州、四国(石鎚山)の山地に自生する。とくに北海道に多いのでエゾヤマザクラの別名がある。花期は4~5月。高さ10~15m。花はヤマザクラよりやや大きく、色もこい。

3. カスミザクラ(霞桜)

北海道から九州までの山地に自生。ヤマザクラよりやや高冷地に生える。無毛のヤマザクラとは対照的に、がく筒、花柄、葉の裏、葉柄に毛がある。花は白またはわずかにピンクがかる。花弁は5枚で花径2~3cm。花期は4~5月。同じ場所ではヤマザクラやオオヤマザクラよりおそくさきはじめ、カスミザクラがちると山の春も終わりとなる。

4. オオシマザクラ(大島桜)

伊豆諸島に自生するほか、房総、伊豆半島では野生化している。高さ8~10m。花期は3~4月。花はうすいピンクまたは白色で、直径3~4cm。花弁は5枚、花弁の先が2つに浅くさける。樹勢がたいへん強いので、たくさんの園芸品種の母種になっている。

5. マメザクラ(豆桜)

静岡県東部、甲信地方、房総半島に分布。高さ3~8mの落葉小高木。花と葉が小さいのでマメザクラの名がついた。富士山と箱根山に多いことからフジザクラ、ハコネザクラの別名もある。樹形は根元から枝分かれすることが多い。3~4月、葉と同時ぐらいに直径約2cmの5弁花がさく。庭木や鉢植え、盆栽などによく利用される。

6. ミネザクラ(峰桜)

別名タカネザクラ。中部地方以北、北海道に分布。本州では深山に生えるが、北海道では低地でもみられる。高さ2~7m。5~7月、若葉と同時にピンク色の花がさく。花は開ききらず杯(さかずき)状にさく。花径2~3cm。

7. チョウジザクラ(丁字桜)

本州(関東以南のおもに太平洋側)、九州の山地に生える。高さ3~7m。野生のサクラの中ではいちばん花が小さく、花径約1.5cm。3~4月、葉が開く前に、やや下向きに花がさく。果実は甘みがあって食べられる。日本海側の多雪地帯には、変種のオクチョウジザクラがある。

8. エドヒガン(江戸彼岸)

長寿のサクラのほとんどが本種で、各地に巨樹、名木がのこる。別名アズマヒガン、ウバヒガン。本州、四国、九州の山地に自生する。高さ15~25m。3~4月にピンク色または白色の花がさく。花の直径2.5~3cm。がく筒がまるくふくらむ特徴がある。樹勢が強く、大木となり樹齢が長い。

花や葉の形はエドヒガンと同じだが、枝が長くたれさがるものをシダレザクラ(枝垂桜)またはイトザクラとよび、平安時代のころから庭園や寺社などに植えられてきた。

9. カンヒザクラ(寒緋桜)

サクラのなかでいちばんこい赤色になる種類。原産地は中国南部と台湾だが、沖縄県の石垣島などに野生化している。別名ヒカンザクラ。高さ5~7m。沖縄では1月からさきはじめる。花の直径は約2cmで、鐘形で半開きのまま花弁とがく筒がはなれずにいっしょにおちる特徴がある。学名のカンパニューラ(鐘)はこの花形による。暖地性のサクラなので、栽培は関東南部ぐらいが限界である。関東での開花は3月下旬。カンヒザクラは鹿児島県や沖縄県で公園樹などに多い。名護市では10万本をこえるカンヒザクラが植えられ、名所となって1~2月はにぎわう。

10. ミヤマザクラ(深山桜)

北海道から九州までの深山に生え、とくに北日本に多い。高さ10~15m。5~6月に総状花序をだし、純白で小形の花をつける。サクラ類で総状花序は本種のみ。花の直径は約2cmで、花弁はまるく、中心からおしべが長く放射状につきでてよくめだつ。秋にうつくしく紅葉する。ミヤマザクラは大気汚染に弱いのであまり栽培されず、園芸品種もない。

IV. サクラの観賞の歴史

古代日本では、サクラは春の訪れをつげるだけでなく、農業の1年を予想する花であった。人々はサクラの咲き方や花持ちをみて、その年の気候の特徴を知り、稲作を考えた。サクラは「古事記」や「日本書紀」にも書かれ、「古事記」にでてくるオオヤマツミノカミ(大山祇神)の娘のコノハナノサクヤヒメ(木花之開耶姫)の木花はサクラのことで、開耶が転じてサクラとなったとされる。

日本最古の歌集「万葉集」は奈良時代の歌を中心にあつめられているが、そのなかにサクラをうたったものが40首ある。いちばん多いのはハギの140首、ついでウメの118首で、サクラは3番目である。サクラはもともと野山に生える野生の木であり、中国文化の影響もあってそのころ庭園に植えられ、身近にあるうつくしい花として人々に愛されていたのはウメであった。「万葉集」のサクラはほとんど山野のものをうたっているが、庭のサクラをよんだものが少しある。ウメと同じようにサクラを庭に植えて観賞する風潮は、このころはじまっていることがわかる。

1. ウメからサクラへ

「万葉集」から少し後にでた「古今和歌集」では、サクラをうたったものがウメより多くなった。花の代表がウメからサクラにかわったのは、平安時代の承和年間(834~848)といわれる。京都御所の紫宸殿の庭には「右近の橘(たちばな)」と「左近の梅」が植えられていたが、このウメがサクラにかえられ、「左近の桜」になったのがこのころであり、サクラの重用をものがたっている。また、平安時代に書かれた「源氏物語」にもサクラはうつくしい花としてえがかれている。

2. サクラと武士

サクラはさいたときのうつくしさだけでなく、ちるときのはかなさも人々の心をとらえた。それは武家の台頭とともに、「花は桜木、人は武士」といった潔さに変調され、中世にはいると武士の生き方をあらわす花となっていった。こうしたサクラへの異常な観念は、ずっとのちの昭和20年までのこることになる。

サクラの観賞は、天皇や貴族の楽しみとしてはじまり、中世からは武士にも広がった。源頼朝、足利義満、豊臣秀吉など、天下をとった武士はいずれも盛大な花見の宴を開いている。

3. サクラの黄金時代

サクラが一般の庶民にもしたしまれるようになったのは、江戸時代にはいってからである。サトザクラ(里桜)とよばれる園芸品種もふえ、サクラを研究した書籍も次々と刊行された。とくに寛政年間(1789~1801)から天保年間(1830~44)の約50年間は、サトザクラの栽培がもっとも盛んになり、250種以上も記録されている。サクラは歌舞伎や能の舞台、浮世絵、屏風(びょうぶ)絵、置物、陶磁器、着物などの絵柄に盛んにとりいれられている。

4. ソメイヨシノの誕生

江戸末期、江戸の染井村(現在の東京都豊島区駒込)の植木屋で新種のサクラがつくりだされた。当時、名に聞こえたサクラの名所の吉野山(奈良県)にあやかって、「吉野桜」として売りだしたところ、人々はそのうつくしさに驚嘆し、あらそって植えたので、数年にして東京一帯に広まっていった。しかし、吉野桜では、吉野山のヤマザクラと混同するので、「染井吉野(そめいよしの)」を正式名とした。

ソメイヨシノは花が大きくうつくしいうえに、葉がでる前に花だけがこぼれんばかりにさき、樹勢がよく、接ぎ木でも簡単にふやせることから大人気となった。明治期になって全国に植栽が広がり、その結果、サクラといえばソメイヨシノをさすほどになっていった。ソメイヨシノが、オオシマザクラとエドヒガンをかけあわせたものとわかったのは、ずっと後のことである。

V. サクラの園芸品種(サトザクラ)

鎌倉時代の記録に、八重桜の接ぎ木がおこなわれていたことがのこされている。園芸品種の作出は室町時代に盛んになり、江戸時代には250種ぐらいが記録されている。現在、約300種をかぞえる園芸品種のうち、よく知られたものを母種の系統別にしるす。

1. ヤマザクラ系

佐野桜、市原虎の尾、菊枝垂、御信桜(ごしんざくら)、平野寝覚(ひらのねざめ)など。

2. オオヤマザクラ系

松前、松前八重寿(まつまえやえことぶき)など。

3. カスミザクラ系

白雪、数珠掛桜(じゅずかけざくら)、奈良桜、薄墨(うすずみ)、明星、松前早咲など。

4. オオシマザクラ系

染井吉野、兼六園菊桜、駿河台匂(するがだいにおい)、楊貴妃、東錦、普賢象(ふげんぞう)、御衣黄(ぎょいこう)、一葉、松月(しょうげつ)、関山(かんざん)、福禄寿(ふくろくじゅ)、法輪寺、天の川(あまのがわ)、麒麟(きりん)、有明など。

5. マメザクラ系

緑萼桜(りょくがくざくら)、冬桜、おしどり桜など。

6. チョウジザクラ系

高砂、雛菊桜(ひなぎくざくら)、奈天(なでん)、猩々(しょうじょう)など。

7. エドヒガン系

八重紅枝垂(やえべにしだれ)、枝垂桜(しだれざくら)、十月桜、小彼岸、熊谷など。

8. カンヒザクラ系

寒桜、椿寒桜(つばきかんざくら)、啓翁桜(けいおうざくら)など。

VI. サクラの病虫害

サクラは病虫害の多い植物である。サクラテングス病はソメイヨシノに多く発生し、枝や幹にこぶができ、そこから小さい枝がほうきのようにでる。ここの葉は健全枝よりはやく開き、花はほとんどさかない。やがて葉は黒くなり、かれて死ぬ。冬から早春のうちに、病気の枝と元のこぶを切りとり、切り口にペンキやコールタールをぬる。

穿孔(せんこう)褐斑病は6~9月にかけて、葉に褐色の斑点ができ、1~5mmの穴が開く病気である。葉がはやくかれおち、木の生長がわるくなる。ボルドー液などでふせぐ。

胴枯れ病は木の皮がへこんで、そこにいぼのような突起ができ、葉や花がかれてしまう病気である。冬の間にボルドー液などをまいてふせぐ。

サクラの害虫でいちばんおそろしいのはコスカシバである。幼虫が幹や枝の間にはいりこみ、木をからしてしまう。外に飴色(あめいろ)のやにと、糞(ふん)をだすので、春、その部分をたたいて殺したり、夏にスミチオン800倍液をまいて、幼虫を殺す。

アメリカシロヒトリは幼虫の群れが葉をくいあらし、木を丸坊主にしてしまう。そのほかの害虫には、オビカレハ、モンシロシャチホコ、イラガの幼虫、クワシロカイガラムシ、ミノムシなどがある。

VII. サクラの利用

サクラは花の美しさをたのしむだけではない。材はかたくて伸縮が少なく、加工もしやすいことから、昔からいろいろな用途につかわれてきた。とくにヤマザクラ、オオヤマザクラ、カスミザクラの木は色つやもよく、高級材として、器具、家具、建築材になり、版画の版木には最高とされる。オルガン、ピアノ、琴などの楽器にもつかう。

ヤマザクラやオオヤマザクラの樹皮は色つやと模様がうつくしいので、茶筒、小箱などの外側にはって秋田特産の樺細工(かばざいく)になる。また、樹皮を煎(せん)じて、せき止めにつかう。

桜餅をつつむのは、おもにオオシマザクラの葉を塩漬けにしたもので、餅といっしょに食べられる。結婚式でだされるさくら湯には、サトザクラの普賢象(ふげんぞう)の花弁がよくつかわれる。

VIII. サクラの開花前線

毎年、春に気象庁から発表されるサクラの開花予想日は、サクラのなかで日本でいちばん広く植えられているソメイヨシノを対象にしたものである。各地の開花日を日別にむすんだ線は「サクラ前線」とよばれる。ソメイヨシノが九州南部で開花してから、東京で開花するまではわずか5~6日間だが、東京から青森までは1カ月近くかかる。札幌ではさらに半月後、東京より1カ月半もおくれてさきはじめる。このように関東地方から北にすすむと、開花のスピードが大幅におくれるのは、気温の差が大きくなることによる。つまり、サクラの開花日はその土地の気温と密接な関係があり、「サクラ前線」は各地の気温をもとにしてつくられている。

また、同じ地方でも、標高の高い所と低い所では開花日がちがってくる。平地より100m高いと、2~3日おくれる。300mでは5日ぐらいおそくなる。

サクラは開花してから5~10日が最高の満開日となる。ソメイヨシノより10~20日おくれて、サトザクラ(園芸品種)がさきはじめる。タンポポはその地域のソメイヨシノより前に開花する。

分類:バラ科サクラ属。ヤマザクラの学名はPrunus jamasakura。オオヤマザクラはP. sargentii。カスミザクラはP. leveilleana。オオシマザクラはP. lannesiana var. speciosa。マメザクラはP. incisa。ミネザクラはP. nipponica。チョウジザクラはP. apetala。エドヒガンはP. pendula f. ascendens。カンヒザクラはP. campanulata。ミヤマザクラはP. maximowiczii。セイヨウミザクラはP. avium