| 検索ビュー | 石炭 | 項目ビュー |
| I. | プロローグ |
太古に繁殖していた植物が堆積(たいせき)して地中に埋没し、長期間にわたる地熱や地圧の作用によって、炭素分の豊富な可燃性の岩石状の物質となったもの。石油とともに近代文明をささえてきた主要な化石燃料である。現代では燃料としての利用だけでなく、化学工業における各種の有機化学・高分子原料としての利用法が研究・開発されている。
| II. | 石炭の生成 |
石炭がふくまれるもっとも古い地層は古生代のデボン紀のものだが、欧米などではおもに古生代の石炭紀、中生代の三畳紀、ジュラ紀、白亜紀の地層である。また中国やインドなどのアジア大陸、南アメリカやアフリカの一部では、古生代のペルム紀(二畳紀)の地層から石炭が産出し、日本をふくむ環太平洋地帯では新生代の第三紀に属する地層からも産出する。
石炭の組織中には、植物の細胞や花粉、胞子などのほか、地質時代の植物の化石も発見されることから、石炭が植物から生成したことはまちがいないが、その根源となった植物は地質年代によってことなる。たとえば白亜紀までは種子植物はみられず、トクサやヒカゲノカズラなどの祖先にあたるシダ植物(胞子植物)が中心で、白亜紀後半からしだいにソテツ類、初期の針葉樹(セコイア、メタセコイア、イヌスギなど)、イチョウ類などの裸子植物があらわれ、第三紀以降になると被子植物(ポプラ、ニレ、ケヤキ、カエデなど)が出現する。このような地質時代における植物は、現代よりも高温・多湿で二酸化炭素濃度の高い環境下で、現代とは比較にならないほどの規模と早さで成長し、多くは大木となって大森林を形成したことで、石炭の源になったと考えられる。
| 1. | 石炭の成因 |
石炭の成因は、湿地帯に生育していた植物が枯死・倒壊した場所に堆積して生成したもの(現地性堆積)と、洪水などによって生育地からながされ、湖や海岸などの水中で堆積したもの(流積性堆積)に大別される。いずれにせよ、堆積した植物は、はじめ微生物の作用で分解し、水分や二酸化炭素、メタンなどが遊離して、濃縮された炭素分がのこる。この段階では、まだやわらかい泥炭状である。しかし、この層の上にさらに土砂が堆積し、地中深く埋没するにつれて地中の温度や圧力の影響をうけ、きわめて長い期間にゆっくりと進行する熱分解反応によって炭素分が増加し、固化していく。この過程を石炭化といい、うけた温度の高さとその期間によって石炭化度(炭素含有率)がきまる。→ 炭素循環
ふつう石炭化度は石炭の生成年代が古いほど高くなるが、石炭化の期間が短くても温度が高ければ石炭化度は高くなる。日本の第三紀に生成された石炭が石炭化の期間が短期間でありながら、ヨーロッパの石炭紀に生成された石炭と石炭化度が同程度であるのは、日本では地下のマグマなどの影響で地中温度が高いためだと考えられている。
| III. | 石炭の分類 |
石炭の分類は、石炭化度、工業分析による発熱量や揮発分、燃料比などを指標として定量的におこなわれるほか、粘結性や石炭生成過程、燃焼特性、形状、用途、産出地や採掘炭坑などによる定性的なものがある。なかでも石炭としての成熟度を評価する石炭化度による分類は基本的なものであり、石炭の性質そのものに着目する方法であるため、ほかの指標や石炭の生成、埋蔵量、分布などと関係が深い。日本では、JIS(日本工業規格)の炭量計算基準(JIS M1002)によって炭素含有率の高い炭質の順に、無煙炭、瀝青炭、亜瀝青炭、褐炭(かったん)に分類する方法がある。
この4分類は、石炭化度、工業分析による発熱量、燃料比の値にほぼ対応しており、炭素量の多い無煙炭ほど発熱量が大きい。このほか、褐炭になる以前の亜炭、寒冷地の植物が湿地帯で堆積してできる泥炭(草炭、ピート)、木質をふくまない燭炭(しょくたん)、地中マグマによる急速な熱分解でできた煽石(せんせき:天然コークス)などがある。
| 1. | 粘結性による分類 |
石炭は燃料のほか、多くがコークス製造の原料につかわれるが、この場合、石炭の粘結性が重要な役割をはたす。というのも、粘結性の高い石炭は、加熱すると溶融して粒子が結合しやすく、この結合が製鉄高炉用コークスに必要とされるさまざまな強度を保証するからである。石炭はこの粘結性によって粘結炭と非粘結炭に大別され、粘結炭はさらに強粘結炭と弱粘結炭に分類される。この粘結性を日本の4つの炭質分類法に対応させると、瀝青炭には強粘結性のものと粘結性のもの、亜瀝青炭には弱粘結性のものと非粘結性のものがあり、無煙炭と褐炭は非粘結性である。
また石炭の高温乾留によってコークスをつくる際には石炭中の揮発分がおいだされるが、同じ粘結炭でも揮発分が少ないほど強度のある良質のコークスを製造することができる。
| IV. | 石炭の組織 |
| 1. | マセラルとマセラルグループ |
太古の植物の化石である石炭は、もとになった植物の幹や樹脂質、種子、花粉などがその組織中にふくまれ、顕微鏡でみると、微細で多様な組織成分が不均質に混在していることがわかる。この石炭を構成する組織の基本的な最小単位成分をマセラル(微細組織成分)といい、一般の岩石を鉱物の集合体とみなすように、石炭もマセラルの集合体とみる考え方がある。
JISではこのマセラルを11種類とし、個々のマセラルで類似したものをまとめて3つのマセラルグループ(微細組織成分群)に分類している。すなわち、ビトリニット、エクジニット、イナーチニットである。ビトリニットは、植物組織の中でも比較的分解しやすい内部組織、つまりセルロースやリグニンからなる木部がもとになっているため、ほかのマセラルにくらべて均質で、石炭を構成する有機化合物の主要部分を占めている。エクジニットがふくむ植物組織は原形のまま、あるいは変形して残存し、石炭化の過程をへても分解しにくい組織である。
| 2. | マセラルグループと石炭の性質 |
同じ石炭化度でもふくまれるマセラルグループがことなれば、燃焼、乾留、液化などの反応性もことなるため、マセラルは石炭を利用するための重要な指標のひとつとなる。たとえば、エクジニットの多い石炭は揮発分が豊富で、液化などに適しているが、イナーチニットは化学的には不活性な成分であるため、この組織を多くふくむ石炭はコークス製造や液化、ガス化の原料としては不向きである。日本の石炭はビトリニット、エクジニットが豊富で、イナーチニットが少ないのが特徴だが、日本以外で産出する石炭はイナーチニットも多くふくんでいる。
| V. | 石炭の埋蔵量 |
石炭の埋蔵量の基準は国によっておおむね似ているが、同じではない。世界エネルギー会議(WEC)の調査では、予想埋蔵量、確認埋蔵量、確認可採埋蔵量の3つに分類し、これらの概念にてらして各国の埋蔵炭量を集計する。予想埋蔵量は、少なくともある程度の根拠をもった情報にもとづき、将来において経済的関心の対象となるすべての炭量をいう。また確認埋蔵量は、丹念に調査された総埋蔵量の一部で、現在から将来にかけて技術的・経済的に開発可能な炭量である。確認可採埋蔵量は、確認埋蔵量のうち実際に採掘可能な炭量であり、この確認可採埋蔵量を確認埋蔵量でわったものを実収率という。
ちなみに、2007年末現在の確認可採埋蔵量の上位5カ国は、アメリカ(2427億2100万t)、ロシア(1570億1000万t)、中国(1145億t)、オーストラリア(766億t)、インド(564億9800万t)の順となっている。一方、石油換算の生産量では、中国(12億8960万t)、アメリカ(5億8720万t)、オーストラリア(2億1540万t)、インド(1億8100万t)、インドネシア(1億750万t)の順であった。
| 1. | 発熱量と石炭当量 |
石炭は産出する地域によって炭質がことなるため、単純に埋蔵炭量を集計しても、工業的に活用できる資源量としては公平・正確とはいえない。そこで炭質のことなる炭量を計算する際には、基準となる指標をきめて換算する必要がある。石炭の場合、無煙炭・瀝青炭の発熱量を1とし、亜瀝青炭を0.78、褐炭を0.3~0.6として、これに埋蔵炭量をかけた値が石炭当量である。この計算方法は石炭だけでなく、ほかのエネルギー資源を比較したり集計したりする場合にも利用され、石油や液化石油ガス(LPG)の量を石炭当量で表現したり、その逆の換算をしたりする。
| VI. | 石炭の成分分析 |
石炭の成分は、工業分析と元素分析によってしらべる。工業分析では、水分、灰分、揮発分、固定炭素などに石炭の成分をわけるが、成分と実用上の発熱量や粘結性などとの相関関係をみるうえで重要な指標とされる。元素分析では、炭素、水素、窒素、硫黄、リンなどの構成元素を定量的に分析する(→ 定量分析)。また試料にふくまれる元素や成分の相互的な影響を計算によって定量化し、工業分析値の補正をおこなったり、石炭の実用化に役だつ情報を提供したりすることも元素分析の役割である。
| VII. | 石炭の利用技術 |
石炭を燃焼して熱源にすること、乾留によってコークスを製造すること、この2つが石炭のもっとも重要な利用法である。また乾留工程でえられる石炭ガスやコールタールは、化学原料や燃料として利用される。新エネルギー開発や新素材の原料開発の重要なジャンルとして、石炭化学がみなおされている。
| 1. | 石炭の乾留 |
空気を遮断した状態で石炭を500~1300°C程度に加熱し、これによって揮発分をおいだしてコークスなどのさまざまな石炭製品を製造する。700°Cぐらいまでの乾留(低温乾留)は、かつてガスやコールタールの製造、無煙燃料の製造、ガス化の予備処理として盛んにおこなわれたが、現在では半成コークス(コーライト)の製造法として利用され、1300°Cぐらいまでの乾留(高温乾留)では、おもにコークスを製造する。コークスの製造は18世紀初頭に製鉄用としてはじまったが、当時は石炭の乾留で同時にえられたガスとコールタールはすてられていた。
19世紀に入ってガスが照明に利用されるようになると、ガスの製造を主目的とする乾留(コールタールとコークスが副生成物)が盛んにおこなわれた。第2次世界大戦後に石油系にエネルギーの中心がうつるまで、都市ガスの原料は、石炭の乾留によるガスだった。→ガスの「石炭ガス」
石炭にふくまれる炭素の低分子化合物が低温乾留によって蒸気となり、温度がさがって液体になったものがコールタールである。これは、粘着したあつかいにくい液体で、当初は厄介物として廃棄されていたが、19世紀中ごろからコールタールの分留・精製から染料の製造がはじまり、ここから各種の薬品、有機化学製品、医薬などの製造技術が発展した。こうして乾留によるガス製造とならんで、コールタールの製造はその後の石炭化学の出発点となり、石油化学が隆盛となるまでは近代化学工業の中で重要な原料だった。現在でもコールタールを蒸留した残渣(ざんさ)分のピッチは、電極や炭素繊維(→ 繊維)などの原料として利用されている。
| 2. | 石炭のガス化 |
石炭の乾留では約20%程度のガスがえられるが、多くのガスを効率よく、しかも固体の炭素分をのこさないようにする技術がガス化である。石炭のガス化では、酸素(空気)、水蒸気、水素、二酸化炭素などをガス化剤として石炭に反応させ、水素、一酸化炭素、メタンを主成分とする石炭ガスを製造する。
このようなガス化技術は、石油系へのエネルギー転換がおこなわれるまでは、燃料としてのガス製造だけでなく、アンモニア合成用などの原料製造技術として各種の合成化学工業で利用されたが、その後は下火になっていた。しかし石油危機以後、再度石炭を原料とする燃料ガスの製造研究が各国でおこなわれるようになり、過去のガス化技術以外にも技術開発がすすみ、実用化されるようになった。石炭ガス化によって生成する水素を原料として燃料電池を製造する技術、石炭ガス化コンバインドサイクル発電(複合発電)の技術などの開発は、その好例といってよい。また以前よりガスの用途も拡大し、メタノール(メチルアルコール)の合成、合成天然ガスの製造、複合発電の燃料などのほか、触媒をつかって炭素数1個の原料から有機化合物を合成する、いわゆるC1(シーワン)化学も盛んになった。→ エネルギー資源
| 3. | 石炭の液化 |
固体である石炭を液体にして、石炭利用の範囲と価値を高めるのが液化の目的である。石炭も石油も分子成分が類似の有機化合物だが、石炭は石油にくらべてはるかに水素が少ないので、加熱や触媒などによって水素を添加して石炭を石油のような液体にする、これが石炭液化の基本的な方法である。具体的には、低温乾留でできたコールタールを水素化分解して低分子化し、液化油とする乾留水添液化法、石炭と液化重質油をまぜたものを高温・高圧で水素化分解して高い収率で液化油をつくる直接水添液化法、この方法に溶剤をもちいて石炭の溶解を促進する溶剤抽出法、さらに石炭をガス化して水素と一酸化炭素を生成し、これを原料として液体を合成する合成液化法などがある。
液化は石炭の種類によって反応条件がことなるうえ、液化した生成物と収量もちがう。たとえば亜炭や褐炭などのように石炭化度の低い石炭をつかえば比較的軽質の油を多く製造できるが、その反面、酸素含有量が多いためにコスト高の水素が水の生成に消費されてしまうという欠点がある。瀝青炭のように複雑な芳香族化合物をふくむ石炭は液化しやすく、水素消費量も少なくてすむが、えられるのは重質油が多くなる。このようにしてできた重質油は、さらに軽質化するために水素を添加して芳香族化合物を飽和させ、これをさらに熱分解する必要がある。
石炭液化によって生成した油はコールタールと同じように多種の芳香族化合物をふくんでいるため、その芳香族化合物を分離して有効な化学原料として利用するさまざまな方法が考えられてきた。とりわけ戦後の液化技術の研究開発は、燃料油製造法としてコストを低減させることに力点がおかれてきたといってよい。近年では石炭の直接液化が実用段階に入っている。
| 4. | 燃料としての石炭利用 |
石炭は石油にくらべて、単位発熱量当たりの運搬や貯蔵のコストがかかるうえ、燃焼後の灰処理が問題となるが、現在も重要な燃料であることにかわりはない。最近ではガス化・液化技術、あるいは微粉末化して気流にのせたり液体にまぜて流体化(スラリー化)する技術などによって扱いが容易になったため、流通が合理化され、国によっては石炭の利用も増大傾向にある。たとえば重油と混合したCOM(石炭・重油混合燃料)、水と混合したCWS(高濃度石炭・水スラリー)、さらには石炭ガス化によって合成できるメタノールと混合したCMS(石炭・メタノールスラリー)などが実用化されている。このような石炭と各種液体との混合物を、CLS(石炭・液体混合燃料)とよんでいる。
| 5. | 石炭の炭素化 |
石炭は各種の炭素材原料としても重要である。電極などの炭素材は、低温乾留からえられるタールやピッチから製造するのが主流だったが、最近では炭素分の多い粘結炭を粉砕し、これを加圧成形して500~3000°Cで焼結・黒鉛化することによって、従来よりも簡単な製造工程でしかも機械的強度の高い炭素材をつくることができるようになった(→ 焼結)。また石炭からは活性炭(活性コークス)もつくられ、吸着剤としての用途のほか、水処理、脱臭などの環境保全用にも実用化されている。
| 6. | 石炭灰の利用 |
石炭を燃焼させたのちに灰がでるのは宿命であり、石炭利用の短所のひとつと考えられてきたが、今後も石炭を利用していくためには灰の積極的な有効利用が重要課題となる。石炭の最大の消費現場である火力発電所からでる灰(フライアッシュ)は、セメント混合用として利用されるほか、セメント原料、道路の路盤骨材、建材(軽量骨材)、人工魚礁などに利用する技術開発がすすめられている。また石炭灰のケイ酸分から遅効性のケイ酸カリ肥料の製造などもおこなわれている。
| 7. | 石炭の有効利用と公害防止 |
石炭燃焼による灰の処理とともに、排煙処理も石炭の利用には問題であり、石炭の排煙にふくまれる煤塵(ばいじん)、硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)といった環境汚染物質の除去技術の研究開発がすすめられてきた。微粉炭燃焼技術の改良によるNOxの低減はこれまでもおこなわれていたが、現在では流動層燃焼という燃焼技術によって、窒素分や硫黄分の多い低品位石炭の燃焼においてもNOxやSOxの生成をかなり抑制できるようになった。この流動層燃焼は、小型ボイラーや熱風炉ではすでに実用化され、この方法を応用した発電用の大型流動床ボイラーも開発されている。
近年、大気汚染、酸性雨、地球温暖化などの環境問題への対応と石炭の効率的な利用を目的として、世界各国でさまざまな研究開発がすすめられており、これらを総称してクリーン・コール・テクノロジー(CCT)とよんでいる。その項目を大別すると、COMやCWS、石炭ガス化・液化などの石炭ハンドリング技術、流動燃焼法、溶融還元製鉄(石炭直接利用製鉄)などのような熱効率向上技術、同時脱硫・脱硝技術、高性能な集塵(しゅうじん)技術などの公害防止技術、石炭灰の有効利用技術などである。
| VIII. | 石炭化学 |
石炭化学は、石炭の化学的な性質や特性をさまざまな反応をつかって研究し、その成果を利用して石炭の構造を解明する化学技術の体系である。そこでつかわれる反応には、活性基の反応、溶剤抽出、抽出分解、水素化分解、縮合重合(→ 重合)や炭化などの熱分解(乾留)、酸素分解、塩素化分解などがある。別に、石炭の物理的な性質(物性)を研究し、その成果から石炭構造を解明する石炭物理という分野もあり、そこでは石炭の光学的、電磁気的、機械的、界面的な面からの構造解析がおこなわれる。しかし石炭の本質を総合的に理解するためには、化学・物理の両面からの解明が必要で、石炭化学と石炭物理とを区別することにあまり意味がないため、両者をふくめて石炭科学という場合もある。
| 1. | 石炭化学工業 |
石炭をエネルギー源としてだけ利用するのではなく、石炭を出発原料とする各種の化学原料や化学製品をつくる産業分野を石炭化学工業という。石炭化学工業を大きくわけると、石炭を乾留してできる石炭ガス、コークス、コールタールを原料とする分野と、石炭をガス化してこれを原料とする分野がある。乾留による石炭ガスからは窒素肥料や合成樹脂の原料となるアンモニアやメタノールが生成され、カーバイドからは塩化ビニルや酢酸、メラニンなどの原料となるアセチレンや石灰窒素(カルシウムシアナミド)が、コールタールからは染料や医薬、合成樹脂、炭素材の原料となるベンゼン、トルエン、キシレン、ナフタレン、フェノールなどが生成される。
また石炭のガス化からは、やはり窒素肥料や合成樹脂、アルコール類の原料となるアンモニアやメタノール、さまざまな合成液体が生成され、石炭の水素化分解による液化でも同じく多数の工業原料が生成される。さらに酸化分解からは芳香族カルボン酸(可塑剤などの原料:→ カルボン酸)やニトロフミン酸(泥水処理剤や肥料の原料)が、溶剤抽出法からはコークス用バインダーや膨潤炭が、燃焼によるガス化からはセメント原料やゲルマニウムを抽出できる灰が生成される。
| 2. | 石炭化学工業の変遷 |
石炭化学工業は、歴史的に近代有機化学工業の基盤をつくり、これにつづく石油化学工業の発達に道を開く存在であったことは確かだが、第2次世界大戦後の石油化学工業の躍進によって1960年代にはその地位をうばわれてしまった。その後、2度の石油危機をへて石炭化学工業の見直しがおこなわれてはいるが、現在でも世界の有機化学製品の多くは石油系の原料が占めている。
石炭化学工業の発展がむずかしかった理由としては、石炭の化学構造が石油と比較してきわめて複雑であり、産炭地や炭層によってもかなりことなっていること、また石炭は固体であるため石油や天然ガスにくらべてとりあつかいにくく、無機化合物をふくんでいるために排煙など環境汚染の点でも問題があること、さらに石炭化学によって生成できる芳香族化合物は石油化学から大量に、しかも安価にえられること、などがあげられる。
石炭が資源として有利な点は、石油とちがって一定の地域や国に偏在せず、埋蔵量が多いということにある。また石油危機以来、石油資源の有限性とともに、今後化学工業が成長を確保・維持していくためには、エネルギー源と原料の多様化、新規材料の導入が必要であることが認識され、石炭はその価値がみなおされるようになった。少なくとも発熱量基準においては石油よりも石炭が有利であることから石炭火力発電所の建設が提唱され、さらに石炭化学の分野でも石炭の流体化と無公害化を同時に達成できる液化・ガス化の研究開発などが強力に推進されてきた。そこには石炭化学の基礎である石炭の化学構造の解明が以前よりもましてすすんでいるという背景もあり、これにもとづく石炭の化学的な処理技術の発展もみることができる。
| IX. | 石炭利用の歴史 |
石炭が燃料としてつかわれたのは、先史時代からである。東ヨーロッパでは後期旧石器時代(→ 石器時代)の遺跡から石炭の燃え殻が出土し、イギリスの青銅器時代の遺跡には石炭が火葬(→ 葬制)につかわれた跡がのこっている。歴史時代に入ると、古代ローマ帝国支配下のブリタニア(現、イギリス)で、露天で集団的採掘がおこなわれ、調理、暖房、鍛冶(かじ)、火葬などに石炭が使用されていた。前3世紀の古代ギリシャの哲学者テオフラトスの著作には、「北イタリアのリグリア地方やギリシャのエリス地方では木炭(炭)のようにもえる黒い石を産し、鍛冶屋がこれをつかっている」という内容の記述がある。また中国では、三国時代(3世紀)に出版された「水経」に石炭という言葉があらわれる。
5世紀ごろのイギリスでは、すでに商業的な石炭採掘がはじめられていたという。12~13世紀にはイギリスやドイツのルール、ザール地方(→ ザールラント)などヨーロッパ各地で本格的な石炭の採掘がおこなわれ、高温を必要とする作業、たとえば製鉄、鍛冶、染物、石灰焼き、醸造、陶器やガラス、煉瓦の製造などで加熱用燃料として利用された。しかし、当時はまだ燃料としての木材が豊富だったため、石炭は一般にはかえりみられなかった。煉瓦が普及するようになった16世紀になると、煉瓦焼成用として大量の石炭が必要とされ、また煉瓦づくりの暖炉や煙突の普及によって家庭用燃料として石炭の需要もふえて、1600年当時にはイギリスの石炭産出量は年間100万tに達していたといわれる。
| 1. | コークスの登場から石炭化学へ |
17世紀にコークスを製鉄用燃料にする方法が考案されると、工業用燃料としての石炭需要は急速に増大した。さらに18世紀後半、産業革命期における蒸気機関の出現は、動力源としての石炭の役割を拡大し、石炭産業を飛躍的に発展させた。またコークス製造の副生成物である乾留ガスは、照明(→ ガス灯)や家庭用燃料として広く利用されるようになり、石炭を出発原料とする都市ガスが、20世紀前半までに一般化した。一方、コークス製造によるもうひとつの副生成物であるコールタールは、19世紀後半に主成分である芳香族化合物の有効利用法が考案されると、染料の合成をはじめ多くの有機合成化学製品の原料として注目されるようになった。
| 2. | 20世紀の石炭産業 |
19世紀後半からは石炭の競争相手というべき石油が登場し、内燃機関の発達によって石油の需要が高まった。しかし、当時は石油がごくかぎられた地域でしか産出しないきわめて希少な資源と考えられていたため、世界じゅうにほぼ均一に分布する石炭の液化から燃料を生産することが着目されていた。また当時は電力も大部分は石炭を燃料とする火力発電と水力発電でまかなわれており、エネルギー供給の面でも有機合成化学工業の面でも、石炭産業はまだ主役だったといえる。ところが、第2次世界大戦後にこの事情は一変する。中東における大規模な油田開発とともに石油が安価に大量に供給されるようになると、エネルギー源や有機化学原料としての石炭利用だけでなく、石炭化学の主流だった製鉄やガス生産のための乾留工業でさえ産業の片隅においやられてしまったのである。
| X. | 日本における石炭利用・石炭産業の歴史 |
日本では、石炭をさまざまな言葉で表現してきた。もえいし(燃石・石炭)、すくも、いしずみ(石炭)、からすいし(烏石)、たきいし(焚土)、五平太などである。古くは「日本書紀」に「燃ゆる土」、平安中期の「本草和名」(→ 深根輔仁)には「石胆」という記述があるが、それらが石炭であるかどうかは明確でない。
石炭が記録として登場するのは17世紀中ごろからで、佐々木氏郷の「江源武鑑(こうげんぶかん)」には近江国武佐(現、近江八幡市)産の「すくも」の記事がみられ、貝原益軒の「大和本草」には、石炭(もえいし)についての記述があらわれる。同じく貝原益軒は「筑前国続風土記」で、筑豊地方では薪のない村で「燃石」を多くつかっているとのべ、寺島良安の「和漢三才図会(わかんさんさいずえ)」には、筑前国や長門国では石炭(いしずみ)を薪のかわりに利用しているとある。つまり石炭は基本的に薪の代用燃料だったが、悪臭を生じたので、あまり広くはつかわれなかったようである。
18世紀後半には製塩用燃料として石炭は本格的に利用されるようになり、瀬戸内海沿岸の塩田地帯では、製塩用に原炭のままもやす焚石(たきいし)の販路が拡大した(→塩の「日本の塩作りの歴史」)。こうして石炭の市場が開けていくと、石炭を産する諸藩は石炭を専売制にして財政を強化するようになる。福岡藩では国産専売仕法をつくって焚石会所を設置し、石炭の採掘・販売の統制をおこなった。幕末には、江戸幕府(徳川幕府)が蒸気船(→ 船舶)の燃料用石炭を筑豊にもとめ、御用炭として江戸におくらせたが、これは明治維新後に筑豊を全国一の石炭生産地にする重要な契機となった。
日本における炭鉱の近代化は、1868年(明治元年)にはじめて機械を導入した九州の佐賀藩(鍋島藩)の高島炭鉱(→ 長崎市高島町)の開坑によりはじまった。佐賀藩は高島炭鉱を藩営にしてその権益を独占し、その後イギリス人トマス・グラバーとの共同経営によって69年からは本格的な出炭を開始した。また明治初期には、北海道開拓使庁(→ 開拓使)のベンジャミン・ライマンによる地質調査にもとづき岩内と幌内(→ 三笠市)に炭鉱を開発し、その後も夕張、空知などの開発をすすめた(→ 石狩炭田)。19世紀中ごろまでには北海道や常磐(→ 常磐炭田)、また九州では長崎に近い高島、唐津、三池(→ 三池炭田)の炭鉱開発がすすんだ。
| 1. | 日本の近代石炭産業の誕生 |
明治政府は当初、高島・三池の炭鉱を官営とし、1873年(明治6年)には日本坑法によって鉱物資源をすべて官有にしたため、石炭業をはじめとする鉱山業者は政府から鉱区を借用して経営することになった。官営鉱山は技術的には外国人の指導によって開発がすすめられ、その後多くは三井や三菱などの政商に払い下げされたが、90年代末に中国・東南アジア市場への船舶用燃料炭の輸出急増にともなってほかの民間資本の参入もすすみ、日本の近代石炭産業が確立した。→ 筑豊炭田
しかし、採炭はほとんど手作業であり、飯場制度(はんばせいど)、納屋制度などが採用され、低賃金と劣悪な労働条件のもとで、なかば強制労働に近い労務管理が横行した。過酷な労働条件に対して坑夫たちの暴動がたびたびおこる炭鉱もあり、高島炭鉱問題をはじめとする事件が社会問題化した。その後、待遇改善を目的としたいくつかの法律が制定されたが、第2次世界大戦後になるまで実質的な坑夫保護は実現しなかった。
| 2. | 石炭産業の景気変動と戦時統制 |
第1次世界大戦後には石炭産業は活況をみせるが、1920年(大正9年)の戦後恐慌(→ 恐慌)から30年代初めまでは石炭不況の時代がつづいた。このころ大手炭鉱で採炭用機械が導入され、長壁式採炭法が採用されると、経営合理化のために20万人におよぶ人員整理がおこなわれた。準戦時体制から第2次世界大戦にかけては、石炭鉱業連合会が本格的な送炭制限・輸入制限を実施し、昭和石炭株式会社が販売統制をおこなうとともに、40年(昭和15年)に石炭配給統制法が施行された。戦時統制下では、朝鮮人・中国人の強制連行のほか勤労報国隊(→ 勤労動員)も組織されて増産運動が推進され、40年には約5600万tという、史上最高の生産量を記録した。
| 3. | 戦後復興からスクラップ・アンド・ビルドへ |
戦後、石炭産業は鉄鋼業、肥料工業、電気事業とならんで経済復興の主役をはたし、朝鮮戦争を契機とする石炭ブームにわいて、1951年には4650万tを生産した。しかし、50年代にはしだいに石油への転換がはじまり、石炭産業は深刻な不況へと突入していく。そして60年の三井三池闘争(→ ストライキ)に象徴される長期争議も、大量の人員整理と炭労(日本炭鉱労働組合)の政策転換闘争におわった。
その後、政府は第1次石炭対策(1962年)によって、石炭が石油に対抗できないことを前提としつつ石炭産業の自立化をめざし、スクラップ・アンド・ビルド政策による合理化を推進したが、閉山が急増し、1972年の第5次対策にいたるまで石炭不況にブレーキをかけられないまま、日本の石炭産業は大幅に整理・縮小されていった。ちなみに61年は5541万t(574鉱山)と戦後最高の生産高をしめしたが、75年には1860万t(35鉱山)にまで減少している。
| 4. | 石炭産業の衰退 |
日本の石炭産業が急速に衰退していった要因としては、世界的な石油へのエネルギー転換を背景に、主要エネルギー源としての地位をうしなっていったことがあげられる。そのほか、日本で産出する石炭が瀝青炭以下の低発熱量のものが多く、直接燃料にする以外の用途がかぎられていたこと、炭層の多くが1000~2000mの深い地下にあり、採炭のコストが大きいことも重要な要因である。日本の地質構造が複雑であることから、坑道を掘削していく途中で断層にぶつかったり、場所によっては、地熱による高温といった悪条件にであうこともある。採炭作業にはたえず落盤、異常出水、山はね(坑道内に岩盤の破片がとびちる現象)といった災害への対策が必要になるため、深さや炭質からは採算がとれると予想できる炭坑でも、ほかの設備コストや事故発生時の保障などで費用がかかり、価格面で石油や海外産の石炭に対抗できなかった。
| 5. | 石油危機以後の石炭見直し |
1973年の第1次石油危機以降、石炭の見直しがおこなわれ、75年に発表された総合エネルギー対策では、エネルギーの安定供給確保を目標に、石油依存度の低減、省エネルギーの推進、新エネルギーの研究開発の促進などがかかげられた。また同年の第6次石炭対策では、国内炭の生産維持、海外炭の開発・輸入の円滑化、石炭利用技術の研究推進が提唱され、1次エネルギーにおける石炭の重要性が強調された。しかしながら、原料炭の輸入依存度は高く、国内生産量をはるかにうわまわっていた。
その後、石炭ガス化・液化などの利用技術の研究開発も進展し、都市ガス原料の脱石油化がすすんで、電力・セメントなどのエネルギー多消費型産業でも石油から石炭への燃料転換がおこなわれてきたが、これらの産業に消費される石炭の大半は輸入炭であった。1987年度から政府は、「輸入炭との競争条件の改善はみこめない」と、国内炭生産の年産1000万t規模への段階的縮小方針をうちだし、93年(平成5年)には総石炭供給量のうち国内炭は721万t、輸入炭は1億1017万tとなった。
政府は、2002年度末で、それまでの石炭振興策を終了させた。その中で、最後まで採炭をつづけていた松島炭鉱池島鉱業所(長崎県外海町。現、長崎市)が01年11月に、太平洋炭砿(北海道釧路市)は02年1月と、採算がとれないことなどを理由にあいついで閉山し、国内における大規模な炭鉱は姿をけした。08年現在、稼働中の鉱山は、閉山した太平洋炭砿から石炭採掘をひきついだ釧路コールマインのみである。同社では、家庭からの石炭灰のリサイクルや、海外からうけいれた技術者の採炭や坑内保安の技術指導を中心業務に小規模な採炭をつづけている。