製鉄
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製鉄
II. 製鉄の歴史

鉄は、銅にくらべると、融点が高く、鉱石からの製錬がむずかしい。そのため、人類が利用した金属としては、銅のほうが先だった。銅は、水や酸素と反応しても長期にわたって原形がのこるが、鉄は、条件によっては、完全になくなってしまう。そのため、正確に鉄の起源を確定しにくいということもある。金属器時代:青銅器時代:鉄器時代

1. 鉄使用の起源

人類が、鉄鉱石から鉄を製造する技術を、いつごろ発見したかは不明である。おそらく前4000~前3000年には、すでに鉄という材料を知っていたと考えられている。エジプトで発見された鉄製の道具は、前3000年ごろのもので、装飾品としては、それ以前からつかわれていたと推定される。しかし、初期の鉄器は、成分分析の結果、自然の状態で鉄合金になっている隕鉄(隕石)を原料にしたものが多い。

2. 製鉄のはじまり

鉄鉱石から鉄をとりだす方法は、前3000年ごろには発見されており、現在のトルコ中部のアナトリア(小アジア)地方では前1400年ごろに製鋼技術が発見されていた。鉄で道具や武器をつくるようになると、銅や青銅にかわっていった。

小アジアより西では、中世まで錬鉄がつかわれたが、中国では紀元前から銑鉄を材料とした鋳物(鋳鉄)などがつくられ、鋳造技術が発達した。その理由はさまざま推測されているが、中国では、青銅の溶解や陶器の製作で、炉を高温にする技術が発達していたことや、石炭をつかうことが原因だと考えられている。

錬鉄は、完全に溶融させて精錬するのではなく、高温でやわらかくなった鉄を、ハンマーでたたいて不純物を除去するもので、炭素がとけている量は少なく、やわらかい鉄しかできない。これにくらべ高温で完全に溶融してつくる銑鉄は、多量の炭素をとかすことができ、かたい材料になる。

日本列島では、各地の発掘調査から、縄文時代終末期に大陸から鉄器がつたわってきた。やがて製鉄がはじまり、九州から中国地方、近畿へとつたわっていったと推定されている。本格的な製鉄は古墳時代の5世紀ごろにはじまる。たたら

3. ヨーロッパ中世の製鉄

14世紀ごろまでに、鉄職人がつくった鉄合金は、今日の基準ではすべて錬鉄(鍛鉄)に分類される。そのような合金は、鍛冶場(かじば)や通風口のある炉で、大量の鉄鉱石と木炭(炭)をもやしてつくられた。この工程で鉄鉱石は、金属の不純物と木炭の灰がかたまった鉱滓(こうさい:スラグ)とスポンジ状の金属鉄に変化する。このスポンジ状の鉄は白熱しているうちに炉からとりだされ、大きなハンマーでたたいて、鉱滓をのぞき鍛造する。

こうした条件で製造された鉄には、ふつう鉱滓の粒子が約3%と、ほかの不純物が0.1%ふくまれていた。この製鉄技術により偶然に、鋼ができることもあった。その後、鉄職人は、粘土でつくった入れ物の中で、数日間錬鉄と木炭をもやして鋼をつくるようになった。この操作で、鉄はじゅうぶんに炭素を吸収して、本物の鋼になる。

3.A. 高炉の誕生

14~15世紀にかけて、ライン川の中流域で高炉法(高炉)が誕生し、16世紀にはイギリス、フランス、スイスなどに広まった。これは縦に長い炉で、木炭を燃料として下から送風する。高炉が大きくなるにつれ、原料を混合した装入物全体に燃焼によるガスが吸収されるように、通風量をふやすことが必要になり、水車がつかわれた。

大型の炉では、上の鉄鉱石は、はじめに金属鉄に還元され、次に送風されるガスから多くの炭素をとりこんでいく。このような炉からできたのが銑鉄であり、鋼や錬鉄より低い温度で融解する。銑鉄は、鋼をつくるためさらに精錬される。