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感染症
I. プロローグ

感染とは、微生物がヒトの組織や表面に定着して増殖することをいい、医学ではヒトの病気となる感染を対象とする。感染によって病的障害がおきた場合、その障害を症状、その病気を感染症とよぶ。しかし、結核のように結核菌の感染をうけても発症しないこともあり、感染と発症は区別される。

日本国内では、北里柴三郎の時代からヒトからヒトにうつる病気のことを伝染病とよんでいた。しかし、伝染と感染が同義語のようにあいまいにつかわれてきたため、破傷風のようにヒトへ直接伝染しないものも伝染病とされてきた。そのため、近年は伝染病をふくめて、病原体に感染しておこる病気を広く感染症とよぶようになっている。

II. 感染のプロセス
1. 病原体

病原体とは、感染症の原因となる微生物の総称で、電子顕微鏡レベルの大きさのプリオンやウイルス、光学顕微鏡レベルの大きさの細菌やカビ、肉眼でも観察できる寄生虫まであり、ヒトからヒトへいろいろな経路をへて感染していく。

2. 感染症の伝播の仕方

16世紀初頭にヨーロッパで大流行した発疹チフスやペストを見聞きした経験から、タマネギの皮をむくと発散する物質によって涙が出るように、ペストなどの病気は病人が近くにいなくても、病人の発散する物質によって伝播(でんぱ)すると考えられた。今日の知識から判断すると空気伝染に相当するのである。カによる日本脳炎(脳炎)、シラミによる発疹チフス、ノミによるペストのように昆虫によって伝播することは、19世紀後半から20世紀初頭になるまでわからなかった。ネズミのノミがペスト菌を伝播することは、北里柴三郎によって1897年に発見され、ネズミをとるネコをかうことが奨励された。

3. 生体内への侵入

微生物が侵入する門戸は、すべて体外に面した上皮細胞集団で、皮膚上皮、呼吸器粘膜、消化器粘膜および眼と泌尿生殖器粘膜などである。これら体表面の細胞に直接感染するのが一般であるが、ときには表面の創傷または昆虫などの刺傷、輸血などにより直接血流中に侵入することもある。

4. 生体外への排出

全身または局所の皮膚に病巣をつくる感染症は多いが、化膿菌やヘルペスウイルス以外で皮膚病巣から微生物が排出されることはまれである。呼吸器感染症では、繊毛上皮粘膜が微生物を咽頭(いんとう)まで移動させると、大部分は消化管内へのみこまれ、残りの少数が唾液にのこる。のみこまれた微生物のうち胃酸や胆汁酸に抵抗性をもつもののみが糞便(ふんべん)中に排出される。飲食物とともに口から侵入した微生物のうち、大部分は消化管内を通過して糞便とともに排出される。しかし、病原性の強い一部の微生物は、消化管内に定着して増殖する。赤痢菌やポリオウイルスなどは、消化管内で増殖した後、糞便とともに排出される。

5. 病原性

微生物の感染をうけた場合、発症するかしないかは、ヒトの微生物に対する感受性と微生物の病気をおこす力とのバランスによってきまる。微生物の生体に障害をおこす力を病原性という。病原性の強弱は、いくつかの因子によってきまる。

5.A. 病原性をきめる因子

微生物が生体内で増殖するには、まず白血球などの食細胞の食菌作用からのがれる武器をもつことが必要である。たとえば、連鎖球菌は強力な白血球殺酵素(核酸分解酵素)や組織内を広がっていきやすくする拡散因子(ヒアルロニダーゼ)など、ブドウ球菌は血液中にフィブリンの防護網をつくるコアグラーゼを、また肺炎連鎖球菌は菌体の周りに莢膜(きょうまく)という食菌作用をふせぐ障壁をもつ。

毒素を産生して生体に障害をおこす場合もある。ガス壊疽菌(壊疽)やヒト食いバクテリアなどは、強力なタンパク分解酵素を産生して組織を破壊する。また、破傷風菌などは強力な毒素を菌体外に放出して運動神経を麻痺させる。ジフテリア菌の毒素は、1/3500mgでモルモットの半分が死ぬ。また腸炎ビブリオの溶血性毒素は5/10000mgで、200gのラットの心臓の運動を瞬間に停止させる。

5.B. 感受性に影響する因子

年齢、健康や栄養状態、妊娠などをはじめ本体の不明な因子が多く関与する。また臓器移植による免疫抑制薬の投与や妊娠による免疫機能の低下した状態、さらには糖尿病などでは、微生物に対する感受性が高くなる。

6. 潜伏期

病原微生物が生体に侵入してから症状があらわれるまでを潜伏期という。潜伏期の長短は、微生物によってほぼきまっている。潜伏期の短い例は、細菌性食中毒で、なかでも毒素型中毒がとくに短い。黄色ブドウ球菌が繁殖した食品を食べてから1時間位で腹痛や下痢がおこる。腸炎ビブリオの食中毒では、生魚などを食べてから症状があらわれるまでの時間は、はやい人で2~3時間、もっとも多いのは3~6時間、ついで6~12時間である。赤痢の潜伏期は短くて1~3日、腸チフスでは5~10日間である。潜伏期が10日前後までの病気を急性感染症という。しかし、らい菌によるハンセン病では3~4年、はしかウイルスによる亜急性硬化性全脳炎では約6年、クロイツフェルト=ヤコブ病では数十年といわれ、これらの病気は亜急性感染症または遅発性感染症とよばれる。

III. 感染症の種類と特徴
1. 細菌感染

少し前までは、感染症といえば、赤痢や腸チフスのような細菌による病気が圧倒的に多かった。しかし、ペニシリンやストレプトマイシンのような抗生物質の発見と、衛生状態が改善されて以来、細菌性の感染症は少なくなった。しかし、近年になって、薬剤に抵抗性をしめす黄色ブドウ球菌や結核菌の出現により、難治性の細菌性感染症が世界的に増加する傾向にある。

2. ウイルス感染

現在多くの患者を出す感染症は、細菌によるものは少なく大部分はウイルスによる。ウイルスの種類によって、インフルエンザのように集団感染を特徴とするもの、風疹のように先天的な異常をもつ子供が生まれる確率の高いもの、肝炎ウイルスのように肝炎、肝硬変や肝臓癌をおこすもの、レトロウイルスのように白血病やエイズをおこすものなどがある。ウイルスは生きている細胞内で増殖するため、ウイルスによる感染症に有効な特効薬はない。そのためワクチンによる感染予防が大切である。

3. プリオン感染

認知症(痴呆:ちほう)があらわれる疾患のうちクロイツフェルト=ヤコブ病などは、ヒトからヒトまたは実験動物に伝達が可能な病気である。パプアニューギニアでみつけられたクールーKuruと現地人がよんでいた奇病の発見が、核酸のみとめられない病原体による伝達性認知症の発見となった。現在はプリオンとよばれるタンパク質によっておこると考えられている。最近英国で変異型クロイツフェルト=ヤコブ病(BSE)とよばれるプリオン病の患者がみとめられ、世界的な話題となった。

4. 新興・再興感染症

1993年ごろの時点において、過去20年間に新たに出現した感染症を新興感染症(emerging infectious diseases)、従来から存在したが最近患者数が顕著に増加した感染症を再興感染症(re-emerging infectious diseases)という。現在までに20種類以上が知られている。

新興・再興感染症は、1995年ザイール(コンゴ民主共和国)におけるエボラ出血熱の勃発(ぼっぱつ)や、96年大阪府堺市における病原性大腸菌O-157による集団食中毒によって、日本国内でも注目されるようになったが、米国では87年ごろから問題にされていた。新たな感染症が流行したり、従来からの感染症の患者が急激に増加する契機は、以下のような複数の要因が関与する。

人工の増加と都市部への移住
ヒトの生活様式の変化
村落の都市化
貧困の拡大と人工の密集化
洪水、干ばつなどの気候と自然生態系の変化
病原微生物の進化
公衆衛生学的基盤の崩壊
近代的交通と貿易の発達

5. 性行為感染症

梅毒や淋病などは性病とよばれていたが、近年は性行為にともなっておこる感染であることから、性行為感染症とよばれる。エイズが多発して以来、社会的に注目されるようになった。性行為感染症は、泌尿器や生殖器の感染とはかぎらない。単純ヘルペスウイルスには、口や眼などの顔面に病巣をつくる1型と、陰部にこのんで病巣をつくる2型が知られているが、2型の単純ヘルペスウイルスによる口唇ヘルペスもめずらしくない。性行為感染症はウイルスによることが多く、たとえば、白血病ウイルス(HTLV)、エイズのヒト免疫不全ウイルス(HIV)、B型肝炎ウイルス(肝炎)、EBウイルス、サイトメガロウイルス、単純ヘルペスウイルスなどがあげられる。

6. 輸入国際伝染病

通常、国内には存在しない感染症だが、国外から感染者や動物などとともにもちこまれる可能性があり、いったん国内に入ってしまうと感染が拡大する恐れのある難治性で致命率の高い感染症をいう。たとえば、エボラ出血熱やラッサ熱などがその例である。これらの病気の導入には、空港や港での検疫が大切な働きをする。検疫とは、英語でクアランチィーンとよび、イタリア語の40に由来する。昔イタリアでは、アフリカなどからの外国貿易船によってペストなどのおそろしい病気がもちこまれるのを監視するために、外国船を港の外に40日間停泊させていた。

7. 院内感染

院内感染とは、病院という特殊環境下において患者あるいは医療従事者が微生物に暴露され、それが原因となって発症する感染症をいう。また院内感染には、外因性(他人からの)感染と内因性(自己からの)感染とことなるタイプが存在する。

外因性感染の感染経路は、患者間あるいは医療従事者の手指や着衣などによる感染、医療器具、空調や給水系統などをふくめた院内環境などがあげられる。これらの予防対策としては、手洗いを中心とした感染の予防、医療器具の滅菌や消毒、院内環境の清浄化などが大切である。

内因性感染は、免疫能の低下している患者に発症する感染症で、とくに敗血症では感染源が不明なことが多い。肺炎や敗血症の原因となりやすい菌の定着や増殖を選択的に抑制することが大切である。具体的な予防策としては、血液、体液や臓器などの患者からの検体はすべて病原体をふくんでいるものとしてとりあつかう、手指に傷や化膿巣がある医療従事者が患者の血液などにふれる場合は常に手袋を着用する、汚染された手指などで周囲にふれない、付着した血液や体液などはただちに洗浄や消毒をすることなどがあげられる。

院内感染の原因菌としては、肺炎桿菌、エンテロバクターがもっとも多く、多剤耐性黄色ブドウ球菌、緑膿菌、B型肝炎ウイルスがこれにつづいて多い。院内感染症は、難治性のことが少なくない。

8. 食中毒

細菌やウイルスなどの微生物、フグや毒ヘビなどの毒およびスズや水銀などの薬品などによる急性の胃腸炎を一般的に食中毒という。これらの中で一番多いのは、細菌によるもので、給食などでみられる。食中毒の特徴は、集団で発生するので一度に数十人から数百人の患者が出ることである。大阪府堺市での病原性大腸菌O-157による集団食中毒事件や埼玉県越生町でのクリプトスポリジウムをふくむ水道水による食中毒では、数千人から数万人の患者が出た。細菌による食中毒には、細菌が増殖した食品を食べたことによっておきる感染型と、細菌が増殖してつくりだした毒素をふくむ食品による毒素型の食中毒の2種類がある。細菌による食中毒は、調理につかう素材から製造過程ならびに食品の保管、流通までの過程すべてのどこかで細菌の汚染をうけるとおこる。一方、ウイルスは、生きた細胞中でしか増殖しないので、ウイルス性の食中毒は調理につかう素材が汚染されている場合が多い。