ナショナリズム
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ナショナリズム
II. ナショナリズムの分類

ナショナリズムを大きく分類するならば、19世紀から20世紀前半にかけて近代国家形成においてみられたヨーロッパのナショナリズムと、欧米による植民地化に対してアジア・アフリカでおこった抵抗運動にみられるナショナリズムとがある。ヨーロッパのナショナリズムは、さらにこまかくわけるならば、歴史的に先行したイギリスやフランスなどの場合と、それよりおくれて発展したドイツやイタリアなどの場合とで性格を異にしている。たとえば、ドイツのナショナリズムは、イギリス・フランスなどのそれとくらべると、同一の民族による民族国家の形成という側面が強い。

アジア・アフリカのそれは、特権支配層の自己防衛運動なのか、それとも被支配者による自己解放運動なのかという抵抗運動の性格によって、「植民地型ナショナリズム」と「非植民地型ナショナリズム」にわかれる。政治学者ベネディクト・アンダーソンは、ナショナリズムをおしすすめた担い手が特権支配層かそれとも民衆かによって、それぞれを「公的ナショナリズム」と「民衆ナショナリズム」に分類している。

1. エスノナショナリズム

さらに、今日、インドやスリランカ、東欧、旧ソ連などの各地で発生している「エスノナショナリズム」がある。現在、文化的・言語的に分類された人口集団の共属感覚や運命的一体感などに対してエスニシティという言葉がもちいられている。国家の内部で民族というほどには大きくないエスニック・グループが、政治的・社会的・文化的な運動を展開しているが、その際のエスニシティの概念は、生物的属性をあらわしているわけではなく、政治的・文化的運動のシンボルとしての性格をもっている。

こうした運動が顕著になってきた背景には、資本や人、情報が国境をこえていきかうようになり、国家の壁が低くなり、その権力が弛緩(しかん)してきたことがある。近代国家によって長い間強制的におさえつけられてきた国家内の民族的少数派の人々が、自分たちのエスニシティへのアイデンティティにもとづいて自己の独立を主張しはじめたのである。

19世紀から20世紀前半にかけて欧米やロシア、日本などが植民地の争奪戦をおこない、その結果、戦勝国の政治的・軍事的力関係によってアジア、アフリカ諸国の国境を決定した。そのため、同じ民族が国境をまたいで分断されてしまった地域も少なくない。分断ののちも同じ民族であるという感情が強く、難民の発生などにおいても、他国にいる同じ民族が連帯し支援する傾向にあった。

しかし、近年のアフリカをみると、国家体制の違いから生活上の諸条件がすでに大きくことなっており、難民が発生しても同じ民族ということでは支援しなくなり、むしろ排他的になっている。つまり、エスニックなアイデンティティを、民族よりさらに小さな集団の単位にもとめる傾向にある。こうした状況から、今日の「エスノナショナリズム」はエスニシティのアイデンティティおよび政治・経済・文化などの観点から複合的に理解する必要が生じている。