| ワーテルローの戦 | 項目ビュー | ||||
| 印刷するには、[ファイル] メニューの [印刷] をクリックします。 | |||||
| IV. | 6月16日の戦 |
1815年6月16日、ナポレオンは予備部隊とともに、国境に近いシャルルロワからフルーリュス方面へ北上した。ここでナポレオンはグルーシー軍を指揮して、プロイセン軍部隊を撃破したあと、東方のナミュールから進撃してくるブリュッヒャーの本隊とたたかうために、フルーリュスの北にあるリニーにむかった。
ナポレオンは、リニーにおいて、キャトル・ブラにおけるネー元帥の攻撃に呼応してブリュッヒャーを攻撃する計画だった。予備部隊は状況に応じて、東、もしくは西にむかってすすみ、応援することになっていた。もし、予定どおりに戦況が展開すれば、予備部隊は北西にむかい、キャトル・ブラでネー軍に合流し、ブリュッセルに進撃して、連合軍を2つに分断することになっていた。
16日午後、ナポレオンはキャトル・ブラ方向でネー軍の発する砲声をきいて、7万2000の部隊を8万3000のブリュッヒャー軍に突入させた。血みどろの戦いが1時間以上もつづき、決着がつかない中、ナポレオンは、ネー元帥にあてて、第1軍団3万を、リニーにむけて増派するよう、緊急の指令を発した。伝令はネー元帥の司令部におもむかず、直接に第1軍団のドルーエ将軍につたえた。
ドルーエはただちにリニーにむかって出発した。第1軍団の出発を事後にきいたネーは、軍団にキャトル・ブラにひきかえすよう命令を発した。第1軍団がリニーの戦場に到着するのと同時にネーの命令がとどいた。ドルーエは、今度はネーの指令にもとづいてひきかえし、結局、どちらの戦闘にも参加することができなかった。リニーの戦場では、ナポレオン軍は3時間にわたってねばり、ブリュッヒャーの部隊に勝利した。ブリュッヒャー軍は1万2000の死傷者をだして退却したが、7万の主力部隊は無傷でのこった。
キャトル・ブラでは、ネーはイギリス・オランダ連合軍の陣地に対して、ただちに攻撃をしかけることを躊躇(ちゅうちょ)した。このため、ウェリントンの騎兵と歩兵が数個師団、増援にかけつけた。午後2時にネーは攻撃を開始したが、ネー軍は、ドルーエの軍団を欠いたために苦戦し、ウェリントン軍をくずすことができなかった。午後7時、ネー軍はイギリス・オランダ連合軍におしかえされた。ドルーエの軍団と合流できたのは、夜9時であった。