インド美術
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インド美術
II. 建築

初期のインド建築は木造や煉瓦(れんが)造りだった。木造建築は現存しないが、石造建築の中には木造建築をまねたものがあり、当時の姿を思いえがくことができる。

1. インダス文明と初期仏教建築

前2500~前1750年ごろはインダス文明の時代で、モヘンジョ・ダロやハラッパーで焼煉瓦造りの建築遺構が発掘されている。つづくベーダ時代では、ビハール州ラウリヤー・ナンダンガリの墳墓やケララ州マラバルの地下石室が知られている。

前250年ごろにインドを統一したアショーカ王は仏教をあつく保護した。この時代の特徴的な仏教建築は釈迦の遺骨をおさめたストゥーパ(仏塔)である。これは石できずいた半球形の墳墓で、基壇に回廊がもうけられ、東西南北に4つの門がある。代表的なストゥーパには、マッディヤプラデシュ州のサーンチー第1塔がある。

このほか仏教建築には、アショーカ王の勅令をきざんだアショーカ王石柱や、岩山を切り開いてつくった石窟(せっくつ)寺院がある。石窟には、礼拝するための小塔をまつるチャイティヤ(祠堂)と僧たちの居住するビハーラ(僧院)がある。石窟内部の装飾には、イランやヘレニズムの影響もみられる。初期の仏教石窟寺院を代表するものは西インドのマハーラーシュトラ州に多く、カールレーのチャイティヤ石窟(2世紀頃)、アジャンタやエローラの石窟がある。

2. ジャイナ教建築とヒンドゥー教建築

仏教は5世紀以降衰退しはじめ、ヒンドゥー教とジャイナ教が主流となった。この2つの宗教の建築様式はよく似ており、インド建築に固有な石を帯状につみあげた石積み寺院が特徴である。ラージャスターン州にあるジャイナ教のアーブー山寺院は、石積みの巨大なドームと、多数の小規模な寺院の集合体からなる。ジャーヤ・スタンバは9層からなり、豪華に装飾されたジャイナ教建築を代表する塔として知られている。

ヒンドゥー教とジャイナ教の建築様式は関連が深く、地域的に北型、南型、中間型の3つに大別される。北型は7世紀から現代、中間型は11~14世紀、南型は1350~1750年にさかえた。3形式とも表面の装飾とピラミッド状の屋根が特徴である。砲弾型の高塔の頭頂部は水瓶(みずがめ)がおかれる。また、浮彫で装飾されたゴープラムとよばれる巨大な楼門をもうける。インド各地に多くの遺跡がのこるが、南型ではベルールのケーシャバ寺院、ハレビードのホイサレーシュワラ寺院、タンジャーブールのブリハディーシュワラ寺院、北型ではウッタルプラデシュ州バラナシ、オリッサ州コナーラクのスーリヤ寺院などが有名である。

3. インド・イスラム建築

11世紀にはいると、イスラム勢力の侵入が本格化し、13世紀にはインド初のイスラム王朝が成立する。イスラム建築が移植され、ドームやアーチ、幾何学文様、モザイク、ミナレット(光塔)などが導入された。

インド・イスラム建築は、デリー諸王朝様式、地方様式、ムガル様式の3つにわけられる。初期のデリー諸王朝様式はヒンドゥー教建築に似ており、グジャラート州アーマダーバードには石造の、西ベンガル州ガウール・パーンドゥアには煉瓦造りの代表作例がある。カルナータカ州のビジャープルにある17世紀のゴール・グンバズ墓廟(ぼびょう)は直径43mの巨大なドームとミナレットをそなえる。また、デリー近郊のクトゥブ・ミナール(12世紀)とよばれる5層の高塔もよく知られている。

地方様式は、デリー諸王朝様式に対する地方の抵抗としてあらわれた。インド西部のグジャラート州では、1572年にアクバル帝に征服されるまでの200年間、さまざまな様式の建造物がつくられてきた。たとえば州都アーマダーバードにあるジャミィ・マスジド寺院(1423)は、イスラム寺院でありながら、細長い列柱廊や壁面の細かい装飾はヒンドゥー建築そのものという独特の姿をみせている。

インド・イスラム建築は、16~18世紀のムガル王朝の時代に発展し、大理石などの建材をもちいて洗練された美しさをしめすようになる。最高傑作は、シャー・ジャハーンが愛妃の墓としてたてたアーグラのタージ・マハル(1632~48)で、アラベスク文様をほどこした白大理石で外壁をよそおう。霊廟は四隅にミナレットをもつ正方形プランにたてられ、池の水面に華麗な姿をうつす。このほかムガル様式の建築の代表作には、ウッタルプラデシュ州アーグラにあるパール・モスクや、アーグラやデリーの王宮、デリーやラホールのモスクなどがある。

4. 現代建築

18世紀以降は、インド固有の様式以外にも、宗主国のイギリスを通じてヨーロッパの様式が導入されるようになった。公共施設、工場、ホテル、邸宅が西洋風の様式でつくられている。インドでもっとも著名な現代建築は、ハリヤーナ州とパンジャブ州の共通州都チャンディーガルにある。この町は1960年代初めにフランスの建築家ル・コルビュジエがインドの建築家と共同して都市計画をおこなった。パステルカラーにぬられた巨大なコンクリートのドームをもつ高等裁判所、コンクリートの立方体をくみあわせたようなデザインの知事官邸、行政官庁、議事堂が設計された。現代インドの建築は、ラージャスターン州アルワルの駅舎などのように、西洋の様式を地方の伝統や必要性に適応させている。