バビロン
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バビロン
IV. 地誌

現在バビロンの遺跡でもっともよくわかっているのは、第1次世界大戦直前にドイツのコルデワイらが発掘した新バビロニア時代の層である。ユーフラテス川は当時、この都市を大小ふたつの部分にわけ、東岸には宮殿や神殿の多い「古い街」があり、西岸には「新しい街」がつくられていた。市の中心付近には主神マルドゥクの神殿エサギラがあり、そのわずか北にエテメナンキというジッグラト(聖塔)があった。このジッグラトは伝説のバベルの塔のモデルともいわれる。

「古い街」の北西隅では宮殿建築や要塞(ようさい)の集合体のようなものが発見された。ドイツの発掘隊はその中のひとつの遺跡を、世界の七不思議のひとつであり、ネブカドネザル2世がメディア人の妻のためにたてたという空中庭園の基礎部分とみなしている。その近くにはイシュタル門があり、ライオンやドラゴンの姿が明るく色づけされたレンガでえがかれている。宗教的、政治的な指導者たちが新年祭の儀式であるく行列道路はイシュタル門をとおり、さらに内部の巨大な城壁につくられた9つの門をとおってバビロニア人の主要な居住区につづいていた。