百年戦争
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百年戦争
II. 百年戦争の原因

直接の原因は、1337年にフランス国王フィリップ6世が、イングランド国王エドワード3世の領土だった、南西フランスのアキテーヌを没収しようとしたことにあった。エドワード3世は逆に、自分の母がフランス王の妹だったことを根拠として、フランスの王位を要求してフランス北部に軍をすすめた。

イングランド王とフランス王の対立の深い原因は、封建社会の中での2つの王家の複雑な関係にあった。11世紀にフランス王の臣下であるノルマンディ公ウィリアムがイングランド国王になり、さらにその子孫がフランス南西部の大領主アンジュー家と結婚していた。このため、イングランドの王はイングランドの君主であるとともに、フランス王の臣下という立場にあり、しかも結婚を通じてフランス国王の親族という資格ももっていた。また、イングランド王国の支配者でありながらフランス国内に広大な領地をもっていた。イングランド王家の領地をうばうことは歴代のフランス国王にとって大きな課題だったが、イングランド国王にとっては、フランス国王をかねることはかならずしも夢ではなかった。

さらに、両王家の対立の原因には、今日のオランダ南部から北フランスにまたがる、フランドルの争奪戦があった。フランドルの諸都市は北ヨーロッパと西ヨーロッパをむすぶ重要な商業ルートのうえにあり、また毛織物生産によって当時のヨーロッパでもっとも豊かな土地だった。軍事的には、イングランドの軍隊がヨーロッパに進出する際の入り口であり、フランスにとってもイングランドをせめる場合の出発点であった。