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マルセイユ
I. プロローグ

フランス南東部、プロバンス地方にある大港湾都市で、ブーシュ・デュ・ローヌ県の県都。地中海のリオン湾にのぞむ。パリにつぐフランス第2の都市で、南フランスにおける貿易・商業・工業の一大中心地である。運河でローヌ川とむすばれる。鉄道・道路も各地と通じており、北郊マリニャーヌに空港があり、空の便もよい。19世紀の半ば以降、港湾施設を西へ西へとのばし、1970年代に発展した巨大な石油基地フォスも西方にある。工業は鉄鋼・化学・プラスチック・金属・造船・石油精製・建設資材・石鹸(せっけん)・食品加工が発達している。人口は82万900人(2005年推計)。

湾内には、島がいくつかうかんでいる。そのうち、16世紀のイフ城のあったイフ島は、フランスの小説家デュマの「モンテ・クリスト伯」に登場する。マルセイユ港をとりまいて砦(とりで)がいくつかある。西方で湾につきでている高台には、19世紀のノートル・ダム・ド・ラ・ガルド教会がたち、塔の頂には金色の聖母マリア像がある。おもなショッピング街はカヌビエール大通り沿いにある。

マルセイユはフランスでもっとも古い都市だが、古代の遺跡は少なく、1960年代後半に発掘されたヘレニズム期の市壁の一部などがある。中世のサント・マリー・マジョール大聖堂ものこっている。13世紀のサン・ビクトル教会の地下にのこる11世紀の祭室には、聖ルカがえがいたといわれる聖母マリアの絵がある。教育・文化施設としては、エクス・マルセイユ大学(1970年創立)、地中海考古学博物館、海洋博物館、カンチニ美術館などがある。

II. 歴史

前600年ごろ、小アジアからギリシャ人が入植し、マッサリアとよばれた(のち、ラテン語でマッシリアとよばれる)。都市は交易でさかえ、前3~前2世紀のポエニ戦争ではローマ側につき、カルタゴと敵対した。前49年のカエサルとポンペイウスの対立では、ポンペイウスを支持したがやぶれ、ローマに併合された。3世紀ごろ、キリスト教がもたらされた。10世紀にプロバンス伯の支配するところとなり、1481年にはフランス王国に併合された。

港での交易は18世紀に盛んになったが、フランス革命とナポレオン戦争でかなり後退した。19世紀半ば以降、港湾施設が充実し、多くの工業がおこった。第2次世界大戦ではドイツ軍に占領され、損害も大きかった。大戦後、大建設計画により高層ビルの多い現代都市にかわった。住民はイタリア、スペイン、北アフリカからの移民の子孫が多い。また、1962年のアルジェリアの独立にともない、ヨーロッパにもどった入植者たちも、マルセイユに居住している。